スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

【5/31】 日曜日でした。

 はい、既に過去形です。
 また一人貴重な日曜日が天に召されてしまったということで、哀悼の意を禁じ得ません。



 家族全員が出掛けてしまって一人家に残され、これを機会に何か普段出来ないことをしよう――
 そう思い立って何故か思い付いたのが、2年くらい前に大人買いしたまま積んでたアニメのDVD
 そうだね、必殺全話視聴だね。
 第一回から最終回までたった一日で網羅する、この贅沢な日曜日の使い方!

 アホですね。



 というわけで視聴したタイトルは、「AIR」です。
 おい。
 未だに観てなかったんかい、って突っ込みが来そうですが原作はもう10年も前の作品なんですね。

 「AIR」12話、4時間半をかけて全話見終えました。
 ミクシーの方も同旨で日記を書いたんですが、あっちはまだ視聴直後で「何も考えられねぇ」と書きました。しかる後に、こちらの更新のターンとなりました。
 ちょっと時間が空いた分、今頃になって切なさが押し寄せてきてます。
 最初は感動よりも「打ちのめされた」感が強くて、何も手に付かなくなったんですが――今頃になって、やっと然るべき感情が流れ込んできた感じ。

 終わってしまったことをここまで残念に思ったアニメは無かったです。
 もっともっと続いて欲しいと思った。
 この感動などもう散々語られ尽くした作品だと思うので、今更2009年にもなって、今日の私が何かを書き連ねることはしない。とにかく心を久々に揺さぶられた、それだけです。
 とりあえず、この作品に出逢えて、この作品を観られたことの嬉しさを噛み締めます。
 今年の夏が来る前に観られて、良かったです。
 
 明日になったらもっと上手く感想を纏めることも出来ると思いますが、それを待つのも何か違うと思ったのでごちゃごちゃのまま今日掲載。
 まだ観ていない方があったら、本当に観ましょう。ぜひ観ましょう。
 名作と聞いていましたが、うん、この作品に出逢えて本当に良かった。
スポンサーサイト

【5/30】 世界禁煙デー

 ってゆうのだったらしいです。昨日5月29日。
 勤め先でも灰皿が律儀に全撤去され、愛煙家の方々は休憩時間のたび、所在なげにうろつく。

 私は嫌煙家ですが、愛煙家に対する最近の風当たりには同情を禁じ得ません。公共の場など完全にのけ者扱いですし、全社会的に嫌煙家の声ばかりが大きくなってるなーという気はします。
 所構わず吸われるとそれはそれで辛いのですが、煙草の一本も吸わなければやってらんねえ、と思う気持ちは痛いほど分かる。
 誰しもがストレスと闘う、現代社会のソルジャー達よ!

 ……そんな私の気慰みはコーヒーとか。
 煙草やコーヒーに頼っているとなんだか大人になった気分です。
 願わくば単に嗜好品でなく、格好良くそれらを決められるダンディズムを追究してみたいところですね。
 トレンチコートの襟に頬を埋め、懈怠の隙間を縫うように紫の煙を吐き出して
 「――ふう、今日もまたつまらぬ物を」
 とか言えたら最高にシックじゃないですか。ねえ。
 主に私の頭がシック(sick)ですか。ねえ。

 
 
 煙草は煙が出るという点で、他人の迷惑を考慮しなければなりません。その点は考えるにしても、上手に嗜好品を楽しむ人は格好良く見えるもんです。
 煙草やコーヒーを、格好良く嗜んでる人は多い。ただ煙草をくわえていれば・コーヒーの薫りに酔っていれば、そのまま格好良くなれるわけではないのが難しいところです。
 そこで卑屈になってもしょうがない。他人に迷惑を与えないのは当然としても、ドラマなんかで洒脱なバーのカウンターに座り格好良く煙草を吸われたら、何となく納得しちゃいますしね?
 迷惑とか自分勝手とかと印象を与えるような嗜み方、或いはそういう卑屈な意識を持っていたらそれは、必然自分を慰めるのみという域を出ない訳です。趣味も自分を飾る一つのアクセサリーなので、「所詮自分のため」と言ってしまうと内向的すぎる。
 嗜好品は、上手に嗜めば嗜むほど格好良く見えるもの。人を喫煙室に押し込めてみたり、逆に自ら喫煙室に閉じこもってるようでは活路が見えないんだけどなあ――なんて、そんなことも考えてみたりします。
 愛煙家の方々が自ら日陰者意識を呟いていると、なんともやりきれなくなってしまう今日この頃。

【5/29】 退屈なライン作業の合間に

 ちょっとしたゲームをしておりまして――ゲームと言いますか一人遊びなんですが、
 かといって別に性的にいやらしいことをしていたわけでもないんですが、

 あなたは今までに創想話へ出した作品の数を覚えているのかしら?

 と。本当に暇つぶしの遊びですね。
 セリフに準えるために「数」としましたが、まぁ正確にはラインナップですね、ねね。


 
 でまああやふやな記憶を呼び覚まし、心の指を指折り数えて作品名を列挙していった挙げ句
 「46作品だ!」と結論づけたのですが、
 弥生さんのところに聞いてみたら正解は49作品でした。
 なんてこった。
 
 上記の私めのページには50作品あるのですが、「春風桜」という作品は既に削除しているため
 現在の創想話に残っているのは49作品となるのでした。どれを忘れて46と数えたのかは
 読者さまの配慮のため言わない……。
 いやいや妖夢、人間の記憶力には限界があるんですよ。
 阿求さん? あんなんとかマジチートですよ。
 
 もうそろそろ時効だろうと思うので覚え書きをしたためておきますと、
 「春風桜」ははむすたさんの「楽園の素敵な巫女に桜咲く」という作品にくっついた三次創作でした。
 しばらくは放っておいたのですが、去年の4月くらいに「氏の名作の後に誰かがうっかり私のを
 読んでしまうと読了感をぶち損ねる」という事実に遅まきながら気付きまして、削除しております。
 その後HDDトラブルに見舞われたこともあり、件の作品の原稿は既にローカル含めて
 この世に現存しなくなってしまいました。

 

 ところでそんな削除が無ければ実はここで創想話50作品目という節目を迎えるところでして、
 長く続けば色んな数字に桁が生まれます故、実感も感慨もまた一入なのです。
 しかし、言い換えればそんな区切りの作品が危なく冷やしたドロワーズになるところだったってことで
 軽く戦慄です。歴史を自ら台無しにするような、軽いいたずらで道行く人にかんちょーを仕掛けたら
 それが映姫様だったみたいな、
 ちょっと哀しい気分をにわりと味わえたんじゃないかと思います。
 道行く人にかんちょーはやめましょう。あと仕事中によそ事を考えるのはやめましょう、
 そういう教訓に満ちた日記でした。
 明日は痛ンブラーを買いに鳥取市へ行ってきます。

【5/27-28】 それはまあ、そうなんですけども。

 あ、昨日は思いきり寝落ちしてました。
 睡眠時間は規則正しく毎日決まった量を服用するのが身のため世のため人のため、ですが、最近ちょっとサーカディアンリズムというんですか、その、崩れがちでして。
 ゴロっと横になったら、きゅうっと。



 さておき。
 物語を物語として描くって何ですか? とか言われたら、多分誰も答えられないんじゃないかと。
 結句、物語はどうあれ物語なんですよ。エッセイじゃなければ物語。
 何かが始まって何かが変遷して何かが結末を結ぶ一連の中で、たとえばご都合主義だとか、キャラの決断がおかしいとか、そんなん全て作者の裁量に任されているものだから文句言われる筋合いは無い。
 もっと拗ねた言い方をすれば、結末から辿れば全ての物語はご都合通りに動いてる訳ですから。
 帰納法と演繹法とでも言うんですかね?
 物語を結末ありきで批評しちゃいけない。

 つまるところ構成や見せ方の問題だというなら、尚更「物語として描けない作家が多い」なんて、適当な言葉を使って表現して欲しくは無いなと。下手だと思うなら下手、ときっぱり言えば良いだけの事。
 物語を物語として描く――なんて、プロの作家でも追い求めなきゃ手に入らない答えじゃないですかね。
 つくしさんも言ってたけど、頭の中に描いてる物語の感動や笑いや昂奮を、何ら考え無しに日本語立て並べて他人に伝えられる人が居たらそれは一種の天才だと思うんですよ。
 構成や表現術は技術論の話であって、物語として描けない作家イコール文章力の無い作家かといったら況んや違うわけで。
 


 作者から言わせて貰うと、起承転結だけから物語を考えてたらとてもつまらんもんです。 
 ちんけなもんでも美意識とかギャグセンスとか感動ポイントとか鬱屈の痛点だとか、作者が心の琴線に触れた何かの感情からその物語を魅力的に想い、作品に書き起こそうとする。
 ただその物語の全ての奥行きを、誰もが簡単に描写できる訳じゃないということ。
 そして、作者の文章が仲立ちとなって物語が読者の物として還元されてゆくときに、読者の中でもう一度物語が、感動が、笑いが、鬱屈が再構成されるということを忘れちゃならんのです。
 思った通りに泣かせたり笑わせたりなんてそうそう出来ません。
 そこから先に文章力を磨くか熱意を磨くかは、人それぞれということで。

【5/26】 ばら公園(広島県福山市)

0905bara1.jpg


 写真日記。家族の所用で金魚のふんのように福山までついて行ってきた今週日曜日ですが、あくまで所用は家族のものであり私のものではありませんので、運転するだけして余った時間で福山市を一人のんびり観光していたという、満足度の高い休日でありました。
 ばら公園です。
 福山市のシンボルはバラであり、街角いたるところにバラのプランターとかが置いてあったりします。
 市街地に構えるばら公園は世界のバラを取り揃えてしまった超嬉しい公園なので、花が盛りの今の季節に、近場の方は足を運んでみられると良いのではと思われます。
 当日は雨でした。しかし撮影中、僅かですが日の差した時間もあり、そうすると花びらに宿った水滴が格好の被写体になってベリーグッド。満足度の高い休日です。
 あまりマクロ(接写)は好きじゃないのですが、今回は久々にたくさん撮影してみました。

0905bara2.jpg

0905bara3.jpg

0905bara4.jpg

0905bara5.jpg

0905bara6.jpg

0905bara7.jpg

0905bara10.jpg

0905bara9.jpg

0905bara8.jpg

0905bara12.jpg

0905bara11.jpg

0905bara14.jpg

(D90+Nikkor60mm/f2.8D、D90+ZoomNikkorVR18-200mm)


 それぞれ拡大するとちょっとでっかくなります。

 帰りは福山駅前に朱華園――尾道ラーメンの名店――があったので舌鼓打って帰りました。
 尾道ラーメン考案した人は天才だなあー。

【5/25】 哀しい。

 食堂で注文したカレーの中に入っていた牛肉が、実は牛肉じゃなくて溶け残っていたルーで
 食べた瞬間
 「シャリッ」
 とか言う、あの瞬間の哀しさ。

【5/24】 五行膳のラジヲを視聴しながら

 ブログ更新しようと思ったのですが、ちょっと今日もお休み。
 何となく今日は広島県の福山市まで行ってきました。
 疲れてしまったとです。

【5/23】 IRCで

 非常に真面目なお話をしているので今日は一回休みです。
 

02:20 (hangon) 単語でエロスを作り出そうとする人はまだ子供だ
02:20 (hangon) 大人はシチュエーションでエロスを語るのだ

 
 これはそのほんの一部です。

【5/22】 結局

 「体力の限界ー」とか呟いて千代の富士のようにくたばりかけたところで、ふと気付いてみればハルヒの放送に間に合ってしまうという不運。幸運?
 結局観てしまいました。
 深夜アニメをリアルタイムで観たのはたぶん「ぽてまよ」の最終回以来だから、2年ぶり?

 ぽてまよ面白いよ!

 さておき、ハルヒの新しいアニメが始まりました。そしてハルヒはハルヒでした。とても嬉しい。
 ついに新しいハルヒの話を観られる、の感慨は大変大きかったです。
 そして私にはやはり長門しか居ないのだという、今更当たり前の事実に改めて気付いて俺拍手!

 しかし近藤さんが何故かサンテレビが映らないとかで地団駄を踏んでいる始末ですことよ。
 我が家はCATVの県外放送。他にテレビせとうちとか瀬戸内海放送とか映ります。滅多に映さないけど。
 結局翔菜さんとかつくしさんとか、サンテレビ圏内人とミクシー日記で一緒に盛り上がっていたそうな。



 いやま色々批判はあるけど、ハルヒは私の中ではやっぱ神格化された無二の存在なのです。
 らき☆すたも好きだった。AIRはDVDを買って積んである。今まで観た京アニで単純なアニメとして楽しめなかったのはKanonくらいではなかろうか。
 ということをちらっとIRCで話そうとして、寸前でやめたとか何とか。 
 京アニKanonは好きだけど、あれはアニメというよりは一種の映像作品に見えたのでねえ。
 そしてらき☆すたはふざけすぎた。

 その意味で、京アニが一番「京アニ」出来てるのがハルヒだと思うんですよ。
 自他共に認める京アニ信者としては、ハルヒの今後のニューストーリーも素直に楽しみです。仕方がありません。何だかんだであれだけクオリティの高いアニメを作り続ける会社に寄せた信頼は絶大そしていつまでも変わらず長門は私の嫁ですし、きっと「涼宮ハルヒの消失」の物語に入っていくんだろうと予測が立つ中、いよいよ彼女の存在感は肥大化の一途を辿ります。
 もう誰にも渡さない。 


【※追記】 ふと、これを書いておかねば日記が意味不明になることに気付いた。
 再放送を続けていたハルヒが今回いきなり新作をゲリラ的に織り交ぜたのですが、
 何故それを事前に知り得たかについては、テレビ和歌山のお陰というふうにお答えしています。
 近藤さんが教えてくれた記事がきっかけでした。

【5/21】 うう

 すみません、連続で一回休み……
 体力的にちょっと限界きたしてしまいました

【5/20】 あぎゃぎゃ

 もう25時ではないか。
 寝ます! ということで一回休み。
 
 5月20日というと何故か河村隆一の誕生日だ、ということだけ覚えています。何故だろう。
 幼少期には、彼ほど好きな歌手も居なかったもんでした。いやま今でも好きですがー。
 それにしても好きだったなあ。
 河村隆一名義で最初のソロ活動の時に出した4枚のシングル曲は、それぞれCDに穴が空くくらい聴き続けた記憶がありまする。

【5/19】 Kon

(cck) とりあえず澪が可愛すぎてドラムが叩きたい。
(hangon) かがみが可愛いから巫女を始めようと想う

 私の知能レベルの哀しさはチョモランマを飛び越え全世界規模で。



 不届きな物思ヒで「つかさが主人公のらき☆すた?」等と思ったりしましたが、まぁ音楽は良い物です。
 ギターを始めるにはちょっと年齢が行き過ぎたので私はもう諦めますが、かつては西田敏行並にピアノを弾きたがっていた時期もありました。
 楽器を弾ける女の子には途轍もなく萌えますが、楽器を弾ける男の子にも割と燃えますのでね。
 近藤さん?
 近藤さんの正体は少女なんだよ。

 自分がどれだけ文章に長けているとも思いませんが、現在僥倖にも創作のチャンネルを一つだけ持っています。それを身につけられて幸せだと感じられる。絵や音楽が、言葉を用いずに言葉にならぬ感情をもたらしてくれるものなら、小説は言葉を用いて言葉ならぬ感情をもたらしうる物じゃないかと思うです。
 楽器は弾けなくても、言葉を楽器のように奏でられるようにはなれる筈。ギターのコードを覚えるように、情景に添える和音をうまく表現できる文章書きになりたいものですね。



 そういえば、今更言っても遅かりし由良の助ながら、高校時代の部活って何かを上手くなろうとストイックになれる最後の時間だと思うわけです。
 高校時代から小説を書いておけば良かったとは思いませんが、汗の臭いの欠片もなかったあの放課後に、もっと出来ることがあったはずだと今更悔やみます。気付いたら身の回りは規律、義務、夜のコーヒー、毎夜決まった時間に押し寄せてくる睡魔、毎朝同じ時間のアラームと土日を待つだけの倦怠感。戻らない時間は本当に戻らないし、気付いたときには戻れない年齢になっているもの。
 死んだ魚の目をして過ごした学舎で、たとえばギターとかやってたら今の私もちょっとは変わったような気がするのですが。
 うん、ギターやピアノ弾く人は萌える/燃えるよねえ。うん。
 ちなみに私は澪を選んだ。

【5/18】 物壊

 TSUTAYAの駐車場でバックしてたら照明灯にヒップアタックかまして早くも梅雨入りの気分です。
 時速3キロくらいだったのでほとんど傷もつきませんでしたが塗装に皺が寄りました。
 私の眉にも皺が寄りました。

 更にSS書いて上書き保存ボタン押してみたら保存用のSDカードに「俺様にはもう書き込み出来ねぇんだよこのロリコンGA!」とかヌカされて保存できなくなって完全に梅雨入りです。読み込みはできるので安心してますが、ひょっとしたら完全に死亡する前にデータを移した方が良いのかもしれないですね。
 何となくだけど、段階的に死んでいって最後はデータを取り出せなくなって泣きそうな気がするので。
 
 A-DATAの512MB。今頃に秋葉原に行けばタダ同然の値段で売られてそうな気がする。
 必要に迫られて安かろう悪かろうを買った代物なので未練は無いです。
 SDは出処のきちんとした商品を買いましょうという教訓でしたね。個人的にはサンディスク、トランセンド、レキサー、ハギワラ、グリーンハウス以外のSDは使う気が起きないので今度はそれらにします。
 ちょっと昔の知識水準なので、今どこが信頼できるのかは知りませんが私の中ではそんなん。

 それにしてもシリコンメモリ系はそうそう壊れないので、歴代使っていたSDやらCFやらUSBやらがどんどん蓄積されて大変なことになってゆく。なのに、あればあるだけ使ってしまう不思議。
 どうでも良いけど世間のおっさんの4割はUSBフラッシュメモリのことを「メモリースティック」と呼ぶ。
 
 

 大分遅くなったweb拍手レス。

■(前略)とても楽しみにしています。

 ダメぇーっまだ、それはまだ!
 とか言いつつ、どっから割れたのかと真剣に心配したとか何とか。
 実は意外なところで公然と書いていたことを後から思い出したのですが。

 というわけで前略の部分は控えさせていただきました。まる。
 でもその暁には、是非楽しみにして下さいまし。
 レスありがとうございますです。

【5/17】 床屋に

 行ってきて夏仕様になってきました。嘘です、あんまり見た目変わってません。
 もし崇敬祭にノコノコ顔を出すことがあれば、その頃には元通りとかいうレベルです。

 しかし今日は眠すぎる。
 これにて失礼をばー。

【5/16】 ホーランエンヤ

 ホーランエンヤに行ってきました。
 と、だけ書いておくと不親切極まりない日記ですね。
 島根県松江市で開催される、日本三大船神事の一つ「ホーランエンヤ」に足を運んで参りました。
 ほぅら丁寧。
 お祭り好きな奴めと言われれば否定しませんが、その前に私のカメラエンスー精神が何と12年に一度という稀少イベントの空気をこのフィルムに捉えたいぜと疼き、急遽参加が決定した高校時代の旧友と共に久闊を叙しながら、今にも泣き出しそうな鉛色の空の下絢爛豪華な舟を眺めました。
 分かりやすく言えばお祭りです。
 あとフィルムじゃなくてCCDでした。これだから現代技術って奴ぁ。
 すべての写真は末尾に掲載しておりますです。



 ものごっつ平たく言うと、神様が12年に一度だけ別の神社に出張され、その行きと帰りを盛大に舟神事で盛り上げましょうという趣旨のお祭りです。
 つまり諏訪大社の御柱の倍近いレア度ということになります。
 カードで言えばホログラムが入ってるくらいのレア度ですね。
 櫂伝馬舟と呼ばれる豪奢きらびやかな舟の上、雄麗な舞を踊りながら神様のお出ましを祝します。

 観衆発表13万5千人。七重八重に織り成される人垣。カメラを構えように、文字通り立錐の余地も無し。
 それを覚悟して出掛けたとはいえ、最近好き好んで人混みに突撃している私はなんか病気で。休日のたびにイベントに出向くこの季節がきっと春だからなのです。今日は曇ってましたが。
 春だからで、12年に一度だからで、或いはついでに例のETCが安くなったせいもあるのか、ほんとにあの人々は一体どっから湧いて出てきたんだろうって人出でした。GWに行脚し先日紹介した岩国基地航空祭が25万人と聞き及ぶので、僅か2週間の内に六桁の人並へ二度も足を踏み入れたことになりますね。足すと37万5千人。掛け合わせれば実に337億5千万人ですよ。
 うな重何杯分かなど想像も絶しますね。

 神事であるからには、事の起こりや故事来歴が伝統と格式に姿を変えてそこかしこへ緻密に編み込まれているのですが、その辺の説明は参加者以外にとって余蘊にしかなりませんので割愛。
 写真を多少撮影してきました。私の感想文なんかよりも写真でその雄麗な雰囲気を感じ取ってもらえたら幸いなので末尾に掲載。鳥取県内にはあまりその名が轟いておらず、勝手に地味なお祭りだろうと高を括っていましたが想像以上の大きさと華やかさ。日本の祭特有の「ハレの日」に満ちた街。
 いやぁお祭りって良いですねー、と金曜ロードショーの後のように呟いてみたくもなります。
 非日常ってのは、言葉にならないから非日常なんですよ。
 あの得体の知れない、ぞくぞくする昂奮を孕んだ確かなこの「特別」は、日本人のお祭り気分というそれ。
 ヴェルタースオリジナルの特別さなどまるで寄せ付けない。



ho-ran1.jpg

ho-ran2.jpg

ho-ran3.jpg

ho-ran4.jpg

ho-ran5.jpg

ho-ranenya7.jpg

ho-ran7.jpg

ho-ran8.jpg

ho-ran9.jpg

ho-ran10.jpg

【5/15】 一回休み

 帰るのが遅くなってしまいましたです。

【5/14】 色々。

 最近ちょっと疲れが激しいです。
 4時間半睡眠で朝5時半起きが続けばそりゃ疲れる。
 もっと早く寝れば良いんだな!

 さておき。



 疲弊して衰えた体力と知力、帰宅後にあれこれ複雑なことを考えるのも既に面倒臭いのですが、そういう時に限って俺を語れと言わんばかりの話題の種がWANSAKA散在している。
 その中でも最も簡単に片が付きそうなのは何だろう? と一瞥判断した結果「こんぺのこと」が見事一位得票を果たしたので、今日はそんな話。



 謙遜、自己嫌悪、かつての私も投票期間はベリーマッチテンションだったなーとスレを眺めてみる。
 どうでも良いけど、レスの流れが速すぎて追えないよ!
 三日に一回しか見ないんだから、それでも追えるくらいの流れにして。

 さておきさておき。
 明確な基準だけに順位、とても気になる。気にして心拍数を上げるのは別に構わないのですがしかし、以後は完全に私の老婆心ながら、SSが一つの創作文化であることは忘れないで欲しいなとか。
 一等賞になれば誰でも嬉しいのですが、本当は創作に一等賞もビリも無いことなんて誰もが知ってる。基準と睨めっこの採点作業が物語の読後感を一瞬で妨げるなら、いっそ採点くそくらえで貪り読みに来てもらっても幸。序列化する作業を作業化するよりも、日々刻々の創想話と同じ、「良作に巡り会えると良いな」の気持ちでこんぺを歩いてもらえたら。
 もし私ならそっちの方が幸せ。
 こんぺの順位なんてそん時は盛り上がりますが、潮が引いてみると割と刹那的なのに気付く。

 私が言うとちょっと嫌らしくなるのを承知しつつ書いちゃいますが、一位という数字は結果や自信としては残れど、勲章や名誉にはなりませんです。なんせ三日経ちゃ忘れます。今更尚自分の一位を覚えてる私だから書けることなので許して。上位を一回取ってみると、順位にかかずらう気持ちは急速に衰える。
 これから東方SS書きとして一旗揚げんとする方はともかく、一度でも上位を取った方は、また別のこんぺの楽しみ方に模索の手を伸ばしてみるのが良いかもしれません。名前を隠したSSが百近く集うあのイベントの特殊性は、得点と順位だけじゃ片手ほども語りきれない。
 今更言っても遅きに失すながら、しかし書き手として、SSの面白味や自分自身への挑戦を織り込んで作品づくりに挑めるのはこんぺくらいだと思います。
 それを味わってゆけたなら良かった万歳。
 
 読み手さんにも老婆心。
 公平性とか点数基準の絶対化とか、難しいことは何も考えなくて良いのですよ。
 面白い作品に一つでも出逢い、それだけでこんぺに参加して良かったと思ってもらえる綺麗な歩き方が私個人はベストだと思います。名も無き展覧会です。名前が邪魔しないで作品を読めるというのは、半分は読者のメリットですよ。
 作者がそれぞれ熱意や遊び心を織り込んで作品を掲げているはずなので、そのどこかに共鳴してもらえたら幸いに思います。それでも求めるなら好きな作品に好きなだけ10点入れりゃ良いのです。
 「より」は捨てて下さい。
 選抜という意味での「選り」。あれよりこれが面白かった、の「より」。基準を設ける「拠り」。
 カジュアルな心で、気軽に作品を読んでもらった方が作者は幸せを感じます。
 10点百個よりも分厚い満足を、精一杯作者さんに伝えて下さいな。それが本当の「作者冥利」なので。

 良いイベントになることをお祈りしておりますです。

【5/13】 もう水曜日

 珍しく野球を多々多々観ていたそうです。
 そういう日に限って面白い試合がある。

 とはいえリアルタイムで観ていたのは広島の永川投手だけ。石井琢朗と廣瀬が居なかったら今日たぶん広島ファンは眠れぬ夜を過ごしたよね。
 あと豊田は……うん。 
 あんなバカなマネをする投手じゃなかったんですけどねえ。年月の経過とは早く厳しいものですね。
 そして大隣投手は悪いこと言わないからもう一度ファームで調整した方が良い――
 32イニングで11被本塁打は笑って済むレベルじゃない。
 
 他はおかわりホームランとか楽天の2連続スクイズとか。
 野球は楽しいなあ。
 しかし野球しか観なかったせいで、それ以外に日記のネタが無くなった。
 なんという不届き者。



 あ、私は変態じゃないです。念のため。
 最近他人から、何かと変態だ変態だと言われて困っているので。
 もう、こんなに真面目なSSしか書かない人を変態だなんてあなた達よくもまあ。

【5/12】 音響機器

 高価なヘッドフォンになれば音楽ソースによってはノイズなんかの粗が瞭然と目立ってそっちの方が耳に付く、なんて話も聞きますが、その手の粗はノイズに限らず、探し出したら限りがない。
 音響にしても写真にしても、五感の娯楽品は上を求めるだけ沼にハマるとどんどん金がかかってゆく。
 
 なのでキリの良いところで妥協せんと財政がえらいことになりますがしかし、逆を言えば値段を出したなりに出しただけの環境は整うのも事実。特に、安かろう悪かろうの商品から多少でもお金を掛けた製品に乗り換えてみれば大抵は分かるもの。
 「俺は素人だし違いも分からんから安物でいいよwww」みたいな言い方は、当人は謙遜のつもりかもしれないけど個人的にはちょっと違うだろうそれは、とも思います。買うかどうかは別にしても。
 まあ何でもかんでも高いのを買えとは思わないけど、何となれば道を突き詰めた人じゃないと良さが分からないヘッドフォン、なんてものはありゃしないのですよ。
 悪い音で音楽を聴きたくはないなーと思うのであれば、何も考えず値段的に1ランク上のを買うだけでも割と違ってはいるものです。
 買うかどうかは別としても。
  
 一体誰に向かって話し掛けてるんでしょうね?
 実は私にもよく分かっていない。
 例によってきっかけがあったから書いてみただけという。



 あ、唯一例外があるのはカメラの一眼レフ。
 あれは専門的知識があってこその価値なので、いきなりお金だけ出したからといって人以上の写真が撮れるものではありません。最近はオートモードもありますが、基本は役に立たない。
 シャッター押すだけの簡単作業できれいな写真が撮りたい人は、むしろ電器屋さんに溢れてる小さいデジカメを買ったほうがオートも充実してますし、幸せになれるんじゃないかと私は思ってます。
 
 はてさて。
 何事にも通ぶる必要は無いですが、こと音響に関しては金を掛けた製品とそうでない製品が割と段違いなので、自分は素人だからと臆したりせず、一度お店とかで試し聴きしてみられても良いと思いますよ。
 本当に誰に話し掛けてるんでしょうね。
 けいおん!て作品で音響機器ブームがどうちゃらこうちゃらとも聞きますがどーなんでしょ。
 観てないのでなんとも言えないですが、そんな訴求力のあるアニメなんですかね。

【5/11】 自分の文章を冷静に見直してみて

 最近色々と、思うことはあるのですけども。
 原稿とか最近のあれこれで、炙り出されてきた自分の稚拙さ。

 文章に限らない、スポーツでも同じですが、色んな事が出来るようになればなるほど多すぎる物事が見えてしまうもの。
 何も考えずに心の中を思い付いたままの日本語に削り出すことこそ、やっぱ一番なのですよ。
 と、また某氏に逆らうようなことを言ってみる。

 

 ちょっと前に話そうとしてやめたことだけど、語彙というのは文章力ではなくて手段なんですよ。
 言いたいことを言う時に、語彙があればより適切なニュアンスで伝えることが出来る。或いは近いニュアンスの中で、より文章リズムに合致する単語を選択できるとか。
 そういう意味で、人の本当の「語彙」は、その人が知っている単語量より常に少ない。
 「語彙力」とは、知ってる単語の量じゃなくて、適切な単語を適切な場面で使える能力のことだから。

 そういう意味ではSSにも限らんのですけどね。日記にしても、日常会話にしてもそう。
 そして前に書いたことと矛盾するようだけど、伝えたいことが山ほどあるとき、敢えてそれを削ぐ勇気が必要な時もある。
 私の持論ですが、読者の心に残る読後感は、常に読者自身の言葉に置き換わってると思うのです。
 作者の言葉もすべて道具になって、読者自身が形成する言葉の栄養になる。 
 その時、作者が自分の考えたことをみんな文章にしてしまっていたら、読者が自分の言葉を見つけるのに困ってしまうかもしれない。
 言いたいことを全部先回りされているその作品に、息が詰まって窮屈さを感じてしまうかもしれない。

 人へと伝わる本当の事柄とは、行間からじわりと滲み出てきた一滴を読者が掬い上げたもの。
 日記にしてもそう。会話にしてもそう。書きたいことを全て書けば良い訳じゃない――そう分かっていて私も、よく百パーセントを書きに行ってしまったりする。
 鬱陶しいですよねぇ。ある意味ではその辺が、経験を積みすぎた弊害でもある。
 書き手は百パーセント書いちゃいけないと思います。
 そして強いて言えば「純文学」と称される古の名著は、その辺の匙加減が真髄なのだろうと私は思う。



 読者は常に、作者には見えていない作品の世界を眺めているのだと思ったら間違いないです。
 その世界に正しいとか間違いとか言葉を冠するのは野暮。本当の物語のページは紙で出来ていない、読者の瞳の中にだけ存在している。

 この手を離れ、読者に渡った時に物語は物語になる――それをもっと感じられたら私も、今よりもうちょっとは、面白い書き手になれるんじゃないかなと思いますけどねー。
 という、今日は夢のお話でした。

【5/10】 おおにちようびよ! しんでしまうとはなさけない!

 部屋の片づけには、着手さえもしませんでした!

 いや、ちょっとだけ本の整理とかはしたんですけど。
 何というか、暇な土日をまとめて使うくらいの覚悟が無いとこの部屋は片づかないんじゃないだろうか。

 もう片づけの話題は良いや……
 


 そういえば、なんかこんぺが始まったらしいです。
 まぁ私は参加し……たかどうかは、こんぺ終了まで箝口令でしたね。
 いけないいけない。
 参加表明は当然ダメだけど、不参加表明も基本的にNGだということが何故か忘れられがちな世の中。
 
 まぁこんぺとか普通にお祭りで良いような気もします。
 確かに上位を取って一旗揚げてやろうとした時期もありましたが、王監督がついてる訳でも無いし、そうそういつまでも強い気持ちが維持できるものではない。
 あとはこんぺチャットで散々盛り上がれば良いのよ。何てゆうかあれだ、運動会よりもその後の慰労会の酒盛りの方が楽しみに感じるような、あの感覚。
 東方なんだから、宴会のノリは大切にしないとね!
 ……いやま、今回は参加するにしてもちょっとは大人しくしておく予定ですが。

 というか崇敬祭が6月17日?
 ってことは上京してしまうと参加すら出来ませんね。

 崇敬祭どうするんだろうなあ。
 本音としては久々のイベント参加とか超魅力的なんだけど、土日の一泊二日で行くにはしんどい、というか勿体ない。そして今の職場では一応新人扱いになるので、有給がとりづらいのは事実。
 金に糸目をつけないで空を飛ぶ手もあるけど、東京までパッと行って帰るだけってのも寂しいし――

 

 といった辺りで日曜日お開き。また来週のお楽しみ。
 ぎゃー。



 あ、余談。
 昨日話題にした作品ページを、試験的に1作品だけ更新してみたそうな。
 「檸檬ヰエロー」という創想話の投稿作品。ちょうど1年半前の――ってもうそんなになるのか。今更蒸し返してくるような作品でもありませんね。

 なかなか言うことを聞いてくれないビルダーと悪戦苦闘しつつ、読みやすさを心がけてちょっとページのデザインを変えました。
 従来がこっちで、
 http://www.geocities.jp/reincarnation_lions/hangon/nonamestory.html

 新しいデザインがこっち。
 http://www.geocities.jp/reincarnation_lions/hangon/remonyellow.htm

 個人的にはリニューアルした方が見やすいと思ってるんですが、どうでしょう。
 というか今までのは普通にテキストを打ち込んでただけだったので、見やすさもへったくれもない。
 (そもそも暫定ページのつもりだったので……)

 web小説の読みやすい表示方法は永遠の課題――

【5/9】部屋の片づけが

 
 終わりませんでした!



 ジャーンジャーン!



 いい加減にしろって話ですね。
 絶対的な物量が――って前にもこの話をしたなあ。
 「使うかもしれない」っていう道具をいい加減捨ててしまえば、もうちょっと空間が空くんでしょうけども。

 そして地味に、同人誌の置き場所に困り始める。
 元々特定の作家さんしか買わない人だったのが、最近見識が広まって色んな人の素敵な本に手を出すようになり、すると途端に本棚が食い尽くされていったとか。
 私が行き始めたイベントの一番最初から買ってた人なんて、身内サークルを除けばふすま喫茶さんとairdropさんくらいじゃなかろうか。その二カ所も所々抜けがあるとか。
 某氏と先日話しましたが、私の好きな絵師さんは大体クーリエの絵板から好きになっている方。 

 そういう反面、小説本の揃えの充実ぶりと来たら素晴らしい。行ったイベントの本は大体揃えている筈。なんて言いつつふじつぼさんの「epilogue」とか東雲庵さんの「こんぺいとうと白いコスモス」とか、妙なところで抜けもあるのですが。
 この時の例大祭は神主列に並んで内部の目玉を根こそぎ完売御礼食らった挙げ句、バタバタしてて委託販売を取り逃がした二重の苦輪。

 あ、部屋の魔空間に呑み込まれて消失したと信じ込まれていた穂積名堂さんの「空蝉」は、GWの大掃除で幸運にも発掘されたんだそうな。
 ソフマップの紙袋に入ってるとかどんだけー。
 たぶん列車内で読んで、いつもの癖ながら適当な荷物の袋へ放り込んだに違いない。



 小説本はついでに厚くて更に形がまちまちと来て、余計収納に頭を悩ませる始末。
 新書、文庫……と本のサイズで揃えるか、サークルごとで揃えるか非常に悩み所。この二タイプが初期刊行物と後期刊行物で異なって、同じサークル内で違う大きさの本が混在してる場合も多いので。
 小説本を買って下さってるありがたいそこの貴方! その本棚も、大体同じ苦労が察されます。
 ごめんなさいね意思統一してなくて!

 やっぱ同人誌は、極力ぞんざいに扱いたくない物。いや別に商業誌を放り投げてる訳じゃないですが。
 でも湿気を吸いそうだとか荷物をぶつけそうな本棚には、まぁ絶対並べない。一回汚損したら最後だってゆう気持ちが非常に強いし。
 観賞用と保管用、みたいな買い方は基本的にしない人です。
 唯一自分の文章が入った本だけは複数持つこともありますが、それにしてもJOKERはやっぱり一冊こっきりで阿求世伝が2冊、恋花帖が3冊とかいう薄弱な態勢。 

 あ、でもここで反魂さんから一言アドバイス!
 自分の本を出したときには、必ず5部以上手許に残るよう計画しましょうね!
 最初から「まぁ自分用のは2部で良いや」とかやってると、予想外の人への手渡しとかで結局「俺の本なのに俺の手許に残らなかった!」とか現実として有り得るという(
 5部残すって計画してれば、最終的に手許に残るのが大体2部とか3部くらいになってるもの。



 何の話でしたっけ。
 とにかく同人誌は、使える本棚スペースが狭くなると、そういう話でした。
 あと部屋が片づかないねって話。

 今後はもうちょっと入手量考えようか―― 
  

 
 web拍手レス。
 全部この間の5/6のエントリに寄せて頂いたとか。

■今の自分にぐさりと刺さるお話でした。

 つ、突き刺してしまった……!
 すみません私のペラペラ喋った言葉に。
 何というかとりあえず、どんな人でも「こんな素人ごときが書き手名乗るんじゃねえ」とかそういう権柄ずくな態度をとる人は多分私の身内には居ないので、その辺は気楽に構えて頂けると。

■身の締まる思いです

 ……というレスをいただいてしまうと、私の方こそ身が引き締まる不思議!

■9割読み専気分の私はあまり気にしたことのないテーマ。SS書いて誰かに読んでもらえればSS書き、なんて言ってると本気でやっている人には怒られてしまいそう。

 むーむむむ。
 やまぁ、本気でやってる人が本気でやってない人を怒る、とかそういうのも割と幻想チックな話で、これも私の身内ではそこまで言う人は居ない。というか、良くも悪くも他人は他人な人達なので。
 口だけ達者とかだとそりゃ白い目で見られるでしょうけど、誰かの創作姿勢を見て蔑んだり下に見たり、口を開けば叱責の言葉を飛ばすとか、そういうお節介を焼くほど暇な人も見つからない。
 「どうせやるなら骨身入れてやれやこのタコォ!」みたいな体育会系は居ないので、ご心配なく。

 しかし拍手に続きがある。
 
 
■ところで、反魂さんのSSは毎回読ませていただいております。それで、今回のテーマとは一ミリも関係ないのですが、ほりごたつのHPに掲載されている反魂さんのSSは、最近の作品まで更新されることがあるのでしょうか。いえ、あの、幽香霖をあそこで読みたいという我が儘ですごめんなさい。創想話でも読めはしますが、好きな作家さんの作品をズラリと並んでいるのを見てニヤニヤするのが好きな変態でゴメンナサイ。 みつば 

 HAHAHA、私が一番気にしているところを!

 というわけでこんにちは、です。
 けーらくひこうを突かれました。多分私が死ぬる。

 放置しちゃいけない、いけないと思いつつ放置し続けて早1年数ヶ月。
 お座なりながらカウンターを設置してみてますが、読んで下さってる人が確実におられるんですよねえ。
 などと、他人事のように。

 久々に更新してみようかしら――と思い立ったところで、余計遠ざかる部屋の片付け。
 くそう、一日が三十五時間あれば良いんだ。
 どうでも良いですが、あのサイトは当時タグを必死にググって作成したフル手書きサイトなんだとか。
 本当にどうでも良い情報でした。
 今あれを手書きでタグ打てって言われても普通に覚えていない。



 というわけでこうしてやる気にさせてもらいましたし、時間を見つけてそろそろ最新へと前向きに更新してゆこうと思います。あれから結構作品数も蓄積しましたし――何より『待っている』と言って下さるその一言が励みになるものです。
 いやはや本当に嬉しいことです。……ありがとうございます。

【5/8】 重い。

 なんか挙動がやたら重いです よ?
 我が家の回線なのか、それともFC2が重いのか。
 こういう日の日記は簡潔にまとめましょう。web拍手レスは後ほどー。

 簡潔……?
 よ、よし明日の日程だ。
 明日はひとまず部屋の片づけをする。

 この時点で既に明日の日記が「片付けできませんでした~」なのは確定的に明らか。
 そう更新されてる光景が目に浮かぶほど想像できるのはどういうことだろう。
 間違っても「片付け大成功! 完了です!」なんて日記を書いている自分の姿が思い浮かばない。
 ぜんっぜん思い浮かばない。



 一応GWの終わり頃に卒業アルバムやら文集やらセピア色のアレコレに着手し、無機質な段ボールにざくざく押し込んだりはしたんですが、その他を片付けようにも如何せん絶対的な物量が多すぎる。
 昔集めてて未だに飾っているタイムスリップグリコとかはいい加減処分したいんだけど、この手の細かいものは処分するにも手間暇がかかるのが難点。
 がっさり捨ててしまうと、それはそれで勿体ないしなあ。

 んあー宝くじ二億円当たらないかなー
 二億円当たったら一億円分本棚を買うのに。

【5/7】 体調悪

 治りかけてた風邪がぶり返してしまったので、本日は一回休み。

【5/6】 物書きと言っても。

 本人が「俺は物書きだよ」と言えば物書きになれる(プロフェッショナル的な意味はさておき)。
 作者とはそういう存在です。別に卑屈な意味じゃない。
 条件なんて考えても仕方ない。「創想話に出せばOK」とか「本を出してこそ」とか、手形みたいに言われても困る。
 誰も作者になる為に作品を作ってる訳じゃない。作品を作るから作者になる。
 でしょ?



 ここからの話は主に文章力指向の風潮を論じる時使うネタなんですが、物書きは割と自分の専門性について時々怯えるとか、そんなこんな。
 SSなんて誰でも作れるじゃん? と言われれば、恐らく誰にでも出来る。難しいことさえ考えなければ物語の幕を一つ開いて閉じるだけ、そこまで難しい作業じゃない。
 
 私自身ずっと言ってますが、「SSなら俺にでも出来そうじゃね?」と思うことは決して悪いことじゃない。
 「絵や音楽は無理だけど小説なら」って考え自体はごく自然なものであって、その言い分に対して「SSなめんな!」とか偉そうに怒る人がいたらその時は私に泣き付いてくると良いよ。
 「あんなん誰でも出来るよねー」なんて慰める気もないけど。

 意識の問題なんですよ。
 自分がSSを書いてる、絵を描いてる、音楽を作ったっていう「事実」は誰にでも作れる。
 けど、「ただ作品を作っただけ」じゃ作り手を名乗る気持ちにならないでしょう? 誰も。
 ということは、作者を作者たらしめる条件は「実績」じゃない。気持ちですよ。

 巧拙は知ったことじゃない。プロはだしでも、自分が物書きを名乗りたくないなら名乗らなくても良い。
 「俺はまだ……物書きなんて……名乗れねぇ……」と思うならそれ。
 SSを書いてるんだという事実を人に公言できる精神状態になった時、自分で「作り手」と名乗れば良い。
 それ以上基準のつけようがない。
 それを他人が認めるかどうかは別問題ですけども。
 
 

 SS書きを名乗るかどうか、そんな程度のことに、難しい考えなどいらんですよ。
 そりゃ、人にそれを認めてもらう時は作品の質が物を言うもんです。他者基準だから仕方ない。創作者として、それは甘んじて受けなければならない話。
 同人なら何をしても良い、ってんで自分の好き勝手やって挙げ句他人に「これでも創作なんだ、同人なら認めるべき」とか言っても本人以外の人にはそりゃー通用しませんよ。
 「まぁ同人創作だし」なんて意識で同人創作者を名乗られたら、特に同じ作り手側は興醒めするもの。

 だからいっつも言うんですよ。
 書くことじゃなくて、他人を唸らせるってのが技術だと。
 「物書き」の定義をどこに置くものなのかは、上に書いた通り。
 自分が名乗る「物書き」と世間様に認めてもらう「物書き」は、根本的には違うものだということに注意。
 イラストが上位か文章が上位かなんて、最初に超えるべき壁の高さの話でしかない。
 


 そういう意味で、物書きを名乗ってる間は自分の特殊性について悩むのも仕方ない話。
 他人と比べて自分のSSは魅力的なのか?  自分はSS書きなんて名乗って良いのか? なんて、自信が無くなるとそんなことまで思ってきてしまう不思議。
 他人の基準よりもまず、SS書きを名乗れる自意識を自分で自分に作ってあげましょう。
 と、そういう話でした。

 その唯一最大の秘訣は、作ることを楽しいと思えるようになることですよー。

【5/5】 帰ってきました

 何とか……。

 17時に航空祭がお開きになり、岩国を出発したのが18時。ところが行き着くサービスエリアがことごとく長蛇の列で、結局倉吉に帰ってくるまで食事にすらありつけなかったとか。
 ついでに渋滞多々。あと下手な車も数知れず。
 これだから!
 これだから!

 岩国のお土産話は多々ありますが、気が向いたら紹介します。
 とりあえず航空祭でした。空っていいな……
 ロマンを感じた。

 ロマンを感じすぎて眠いです。てゆうかすっごい眠いです。
 ほんともう寝て良いですか。

【5/3】 GWが着実に終わってゆく。

 ごろごろごろ。


 
 なんか知らんけど身の回り東西で楽しそうな人達が楽しそうに集まって楽しそうなことをしまくっているので今にも暴れたくなる気分です。
 床間さんが今日博多。ルドさんや新角さんや豆蔵さんが今頃東京?
 HAHAHA!
 HAHAHA!

 誰か作れよ、一家に一台お手軽東京都。

 あと熊さんがティアか……
 何か知らないけどティアと紅月が同日だと、ついこの間まで思い込んでました。
 本当に何でだろう。
 というわけでティアも行ってみたいですね。紅月とティアを独り占めなんて東京ずるいな!!

 卯酉東海道に着工する際には、是非鳥取駅から線路引いて頂けるとありがたい。



 それにしても近藤さんは今頃どこに居るんだろう?
 海外ですね、分かります。
 てゆうかいつ戻ってくるんだろう……。
 またバナー残して。

「鬼うた。」応援キャンペーン開催中!

 いや私の所に貼る必要までは無かったんですけども……なので私は貼り逃げ。
 ん? こういうのって貼り逃げはまずいのだろうか。

 はてさて、何か知らないけどこの作品は私も存在を知ってるそうです。外界からのインプットが無い私が、発売前のゲームの情報を知っている事は極めて稀。
 ニコ動でエロゲのデモムービー・OPムービーを眺めるのが趣味という私は、特に唄が良い作品のムービーは割とリピート視聴してるから困る。
 それで欲しくなる作品も多いのですが。
 そんなわけでこの作品は知ってました。

 いやまぁでも、黒髪いいよね黒髪!
 
 

 というわけでどういうわけで? むしゃくしゃしてきたので明日から広島(4日)&岩国(5日)行ってきます。
 別に何の同人誌イベントというわけでもなく、ただの物見遊山。せっかくETCカードをGW滑り込みで届けてもらったんだから、GW中に使わないと勿体ない!
 そういう不純な動機で行ってきます。みんなが東京や博多で遊んでるのに、私だけ置いてけぼりってーと何だかケツが落ち着かない。
 4日の更新は、つきましておやすみさせて頂きますー。  

【5/2】 今日は自分の話だけ。

 忌 野清志郎さんが亡くなった、というYahoo!トップニュースにちょっと驚き。
 存在感の強い人でしたが、そういえば、病気療養という話を聞いてました。

 個人的には最後まで好きになれないアーティストの一人だったのでご冥福がどうとかは言いませんが、ある種で日本のロックの一側面を担った火が一つ消えたのは事実かなと思います。
 生命力や情熱の真髄を剥き出しにさせてゆくような創作体系は、受けるも作るも嫌いな私。一方でそこにロックの真髄があることも、薄々は分かっています。
 私は、所謂「御行儀の良い」作品が好きだということです。
 日本の、というか全般的にロックそのものにイマイチ馴染めないのは、そういう理由がある。

 

 そういえば彼なんかは、創作物・創作行為にある程度の社会的メッセージを込めていた。
 私はあくまで素人同人物書きなのでここからはあくまで持論として書きますが、世に出て行く創作物に社会的メッセージを込めるのは、たぶんさほど難しくない。
 例えば思いっきりスケールを矮小化させると、私らの同人誌でメタネタをやるような容易さ。
 とても簡単。

 ただそこに、痛快さがあるのを私は嫌う。
 彼のように、こう言っちゃ何ですがわざと斜に構えて毒づくような行儀の悪いマネを私は蛇蝎視し、例えば世の哀しみを静かに歌い上げるような、良く言えば耽美な社会風刺を愛好する。
 それは唄に、或いは創作に、社会を変える力なんて無いと最初から信じているから。

 但し、人を変える力はある。
 だから、ただ毒づくだけのような社会風刺は嫌い。そこから人に還元してゆく時初めて、風刺の創作物は意味を持つと信じている。そういう創作だと、自分の近いところにすっと哀しみや悔しさが降りてくる。
 全体規模の社会、どうにも手が届かない政治や国家問題を「痛快に風刺」しただけで終わるのは、楽なところから指さして手軽に嘲笑しているだけに過ぎないのではないか? ……とまあ、それが私の想い。
 これは別に、忌 野氏だけを論ってる訳じゃないです。
 最初に書きましたが、あくまで私が生きてきて・素人創作やってて、感じたこと。社会を嘲るだけにしか見えない創作物を、どうしても「低俗」として見てしまう私の習性の話。



 以上、今日はちょっと尖ったことを書いた日記でした。
 亡くなった日にこういう日記もどうなのかと思いましたが、高名なアーティストが亡くなった時に書く日記として、これも一つの在り方かなと思ったので。
 忌 野氏を好きな人は、それはそれでその人なりにどうぞって思ってますので、そこはどうかご了承を。  
 

【5/1】 風邪。

 喉が痛いわ、頭痛いわ熱っぽいわ……
 久々に嫌な感じの風邪です。こういう風邪っぽい風邪は、養生するしか選択肢が無くなるので嫌い。
 何を言ってるんでしょう私。

 風邪を引いて養生するほど、時間の無駄遣いは無いと思っている。寝込んだら負けかなと思っている。
 私は日々強い気持ちで生きているので、風邪に屈服するなどコンゴ横断であります。
 じゃなかった言語道断であります。



 ああ風邪がひどい。 
 本当は5日の岩国の航空祭に知人と出かけたいって思ってるんですが、それすらも怪しい。
 基本的に長患いはしないので大丈夫とは思いますが……。
 四月からずっと気を張りつめすぎて、ちょっと疲れが出たかもしれません。
 
 以上の通り、今日の日記はですます調でお送りしました。
 私が不必要に丁寧な言葉を使うときは、体調が悪いか怒っているかのどちらか。(ぁ
 風邪を引くと弱気になる、という格言を地で行く人です。
 そしてチャットの口調にやたら敬語が乱舞し始めたら、それは私が冷静さを失し始めた証し。 
 注意だっ。
リンク
プロフィール

< リンク等はサイトの方へ!

Author:< リンク等はサイトの方へ!
FC2ブログへようこそ!

FC2カウンター
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

最新記事
検索フォーム
QRコード
QRコード
月別アーカイブ
最新コメント
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。