スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

【6/29】 嘘だ……

 
 6月があと2日で終わるとか嘘だ……
 6月が終わったら2012年も半分終わりだとか嘘だ……
 
 6月……いい奴ほど先に逝っちまうもんさ……
 
 ◆
 
 実際何をする間もなく終わってしまった一ヶ月という印象でした。
 長々と感想を書いてたじゃん、と言われそうだけど
 感想や日記を書くような速度で気軽に原稿が書けたら
 こんなに何度も新刊落としてないし()
 
 良い本が立て続けに私の前へ現れてくれた、恵まれた一ヶ月。
 その一方、それ以外は上手な時間の使い方ができなかった。
 せめてもう少し身が落ち着けば、風向きも変わるんですよ。
 そう思い続けて半年近く経つんですけどね!
 
 なお7月は仕事関係の試験があったり、
 今+αの仕事が見込まれてたりでますます余裕がなくなる模様。
 ま……まあやれる限りのことはやっていきますよ……
 
 今は細切れの時間で少しでも小説に親しめるよう
 久々に創想話読者に復活してたりします。
 スマホをお伴にして半年、ようやくそんな使い方に思い至ったのです。
 あと鞄のお伴は、現在「幻想ハナガタリ」です。



(1ヶ月後)
 7月……いい奴ほど先に逝
 
スポンサーサイト

【6/27】 観られなかった日に限って

 
 ヒストリアがおもしろそうなことやってるわけですよ。
 何よ金閣銀閣って――録画もしてないじゃない――

 再放送先生に全希望を託すのみであった。
 なお今日もそんな感じなので日記短め。
 微妙に体調が下り坂なので明日は早めに切り上げさせてもらおうぞ。
 

【6/26】 ちょっと疲れが

 
 蓄積してしまっておりますので今日は短い日記で早めに就寝……。
 
 

【6/25】 2012電撃大賞受賞作品 九丘望 『エスケヱプ・スピヰド』

 
 ここ最近感想しか書いてないですね!
 いやまあ積み本なんて増やしたって一文の得にもならんので
 読みたい本を読みたいときに読むのが一番なのですよっと。

 というわけで『エスケヱプ・スピヰド』。
 今回(と言うには発表から時間が経ってしまいましたが)の電撃大賞作品です。
 去年の大賞作品とも一昨年のそれとも雰囲気を変えてきた感じですね。
 レーベルの色をつけない、ラノベの可動域を意識した身のこなしで
 さてはて今年はどうかなー? と、例年楽しみにできる要因でもあります。

 
 
 近未来の日本を舞台に繰り広げられる正統派ファンタジー。
 戦乱で荒廃した大地に細々と身を寄せ合う人間達、
 その中で一輪の花の如く健気に生き抜く少女・叶葉が、
 人間の心を知らない一人の少年・九曜と偶然出会うところから
 ファンタジック・ボーイミーツガールの幕が開ける。
 
 実際古風とさえ言えるほどの王道行ってますねえ。
 その上でラノベのお手本と称しても差し支えないくらい、そつがない。
 一度終わった世界、機械兵、メタリックなバトル描写、
 人ならぬ少年と凡百な少女の馴れ初めから交友、心を開く少年、
 しかしすれ違い、そして再び惹かれ合うまでのプロセス、
 ついでい嫌味にならない程度の厨二病スパイスまですべて明快なのがいい。
 小難しい心理描写やドヤ顔の伏線処理など
 こってり豚骨ラーメンみたいなラノベが隆盛な昨今ではありますが、
 物語の面白さはやはり王道においてこそ極大値、
 極大値を取れるからこそ王道なのです!
 ああいや、豚骨ラーメンが嫌いなわけじゃ全然ないんですけども。
 
 で。
 ここまでの感想だと凡庸なライトノベルなのかと思われそうですが、
 本作の魅力を支えてるのはこれもやっぱ明快なところで
 作中のメカ「鬼虫」から漂う格好良さ。一にも二にもこれに尽きます。
 逆にそこが肌に合わなければ、物足りない作品になってしまうかも。
 
 面白さがものすごく男の子的ですよね。
 作者は虫が嫌いだそうですがそれを疑ってしまうくらい、
 昆虫に特有のメカニックな身体の構造といかにも金属的な描写の積み重ねが
 この作品では琴瑟もかくやの相性でとにかくカッコイイ。
 ごく簡単に、金属製の虫のおもちゃを想像していただければいいです。
 男の子なら一度は感じるであろう、あの得も言われぬ蠱惑的な魅力が
 「鬼虫」の描写からふんだんに漂ってくる。
 そいつらが超高速で空を飛び回るんですから、
 そりゃ当然夢中になって読んでしまいますよ。
 
 はい、技術的なところ。
 潤沢な表現の引き出しに支えられた文章力は、予想通りに高得点。
 そしてこの作品に欠かすことのできない、バトル描写の疾走感が出色。
 超高速の中で一瞬の連続を捉え続ける微妙なさじ加減をうまく支配し、
 濃密な中に爽快なスピード感を描き出している。
 淡々としているようで、作品の設定上これはとても重要なエッセンス。
 そこで失敗がないぶん、盛り上がりどころで大コケは有り得なかった。
 あとは、ファンタジー小説ならではの設定語りや
 ボーイミーツガールとしての約束どころも、
 ペース配分的に非常に優れていたと思います。

 
 冒頭にも書きましたけど、電撃大賞は色んな作風を選んでくれるのが好感。
 しかしその中でも、やはり完成度高いのを選んでくるなという印象です。
 今回ちょっとした理由から公平な目で見れるか心配でしたが、
 掛け値無しに絶賛しちゃうレベルで杞憂に終わりました。
 
 まあ完成しすぎて終わってしまった分、
 例年の大賞作品と比べると続刊への期待感の持たせ方が
 ちょっと甘いかなという気はしましたが……
 それもすでに書店には並んでるそうなので、
 この熱が冷めやらぬうちにまた手に取ってみようと思っています。
 
 というわけで、今更今年度の電撃大賞作品のご紹介でしたー!
 

【6/24】 六月二十四日は、全世界的に、UFOの日だ。

 
 などという書き出して始まったものの、それに続くネタがあるでもなく。
 でもイリヤは今でも本棚から引っ張りだしてきては
 鉄人定食んところだけ読み返したり、夏の跳び蹴り男に会いに行ったり
 結構お世話になっています。文章を読むのが快感な小説なので。
 そんな作品が書ける作家に憧れますねえ。

 ◆
 
 そんなわけで今日は山に泊まり込んだり学校のプールに忍び込んだり
 盛ってるカップルに爆竹投げたりするわけでもなく、ちまちま作業しつつ
 所沢の野球中継で柊つかさの場内アナウンスにかわいいかわいい言いながら
 積んであった漫画をちょいと崩してかわいいかわいい言ってました。
 ダメだな! この人。

 こちらの作品。
 びっくりするような名作とは言いませんが
 登場する女の子達が大変可愛らしく、絵柄も個人的に好きなタイプ。
 加えて舞台が伏見稲荷大社ってのがボーナスポイント高いですよ奥様。
 そもそも表紙買いした理由が絵柄と伏見稲荷という
 表紙買いにしてはものすごく特定性の高い単語に集約されるあたりお察し。
 裏表紙の千本鳥居と「いなり、こんこん、恋いろは」って題名の響きで
 ちょろいことに鳥取で約一名がKOされたわけですよ。
 
 タイトルに恋とありますが恋愛ものに染まりきらず、
 さりとてゆるふわしっぱなしでもなくギャグも嫌味なくサービスも控えめで
 割と私好みに少女漫画系? な感じです。良い良い。
 ストーリー構成とか表現技法の巧拙は論じませんが
 薄っぺらにならない程度に軽快で個人的にはマッチしましたよ。
 そして繰り返しになりますが伏見稲荷が舞台で
 実在の景色がぼこぼこ出てくるので京都ファンはニヨニヨできる。
 その背景の描き込みがものすごく繊細で再現度高いのも特筆できますよ。

 知ってる限りの範囲で言えば、武田日向さんの雰囲気に近いのかしら。
 他人に勧めると「君そういうの好きね」と即座に言われそうな作品ですが
 機会があったらお手にとってみてくださいまし。
 墨染さんの出番が増え始めるあたりから特に魅力が高まってくるよ。


 ※追記:大事なこと忘れてました。
     京都が舞台の漫画なので女の子がみんな京都弁で喋ります。
     女の子がみんな京都弁で喋ります。女の子がみんな京
 

【6/23】Viraja Aupamya九日間感想連載◆最終日『EXTRA』そして『Viraja Aupamya』

 
 9日間、合計23KB。
 これほどの感想を書こうと思った理由を明確に説明できません。
 気に入った本だったか気に入らない本だったかで言えば
 ここ8日間に渡って書き続けてきた感想のとおりなので況んやですが
 好きな本、というだけであれば他にもたくさんある。
 気に入り度合いの程度の差こそあれ、
 この本だけを特別視する気は別にありません。

 強いて言えば、今一度真剣に小説を愛してみたくなったというか。
 いつもみたいにただ漫然と「あー面白かったー」ではなく、
 自分がなぜその作品を良いと思ったのか、
 小説の何かしらの面白味に感応した自分の内面からの言葉を
 はっきり記録として、今後に残しておきたいと思ったのです。
 
 その意味で、同人誌というのは一粒で二度美味しい。
 感想が直接本人に伝わりやすいぶん、責任感が縛ってくれるので、
 嘘や誇張や適当なところで言葉を濁してしまうようなぐーたらな感想を
 絶対に書かずに済む。
 まあ、そこまで雁字搦めにしたことは本著の前では杞憂だったんですが、
 ともあれこの感想を九日間書き続けてきて私は今、
 あー本当に良かったーと思っております。
 多くの作者に自分の書いた感想を読んでいただくことができたし、
 感想を言葉に表す行為によってますますその作品を好きにもなれた。
 読書量は雀の涙、学問的なことはからっきしの私でも
 実際小説は心から愛することができる。
 小説を読み始めた頃の無垢な気持ちや、
 小説を書き始めた頃の無我夢中な気持ちを思い出せた今、
 清々しく最終日の感想へと向かいます。
 うっとうしい長文のそんな自分語りも、実はちょっとだけ感想に絡むとか。


『EXTRA』
 リコーダーさん
 
 この作品は絶望であり、希望である。
 それにしても頷かされる頷かされる。
 しかもこの作品が、原作ありきの二次創作であるということが
 よりメッセージの消化を助けてくれている部分はあるのかも。
 この作品は東方の二次創作であるが故に理解しやすく、
 しかし二次創作の定義を逆手に取る形で
 読者を賢しらに納得させすぎてしまう。
 結果、ちょっと残酷な印象すらもたらしてしまうように思われます。

 余談ですが私という読者の性質上、
 作者の思い描いたであろう純粋な完成型、理想型を見届けたいと
 どうしても願ってしまうため、この作品は「残酷」でもあるのです。
 ……いやま、そこまで大袈裟に取り立てることではないのですけども。


 閑話休題、そして改めて感想として書き直し。
 解説文にあるとおり、この作品は大トリ以外に置くことができません。
 本著全体に救いをもたらすものであり、
 ある意味では読者にとっての大切な何かを破壊する行為でもある。
 それでもこの作品に乾いた感動を覚えてしまう理由としては、
 この作品に平易化されて記述されたあらゆるファクターが、
 ひたすら端的に真実を表していることを置いて他にありません。

 本著に収録された物語は、そのすべてが明確な完結を持たない。
 物語は等しくそうしたものだ、と言われると返す言葉もありませんが、
 例えば問題が起きてそれを解決したとか、
 死にそうになっていた人間が死んで流すべき涙を流したとか、
 ちゅーして結ばれてぱあぁぁ☆とか、
 歯切れ良くも凡百のスタイルがどの作品にも見当たらない。
 物語中に語り残したことは綺麗さっぱりない、そう思わせる作品がない。
 かりそめの句点を打たれてこそいるものの、可反駁とは言い難い状態。
 しかしさもなくば、私はこれほど長い感想を書き続けられなかったでしょう。

 つまるところ、今日まで書き続けてきた感想が証左なのでしょう。
 徹底的に句点を打ちつけられたはずの物語とは、
 パルプの上の限られた空間において暫定的に停止しているのみである――
 本著の最後にこの作品が示してくれたこの明白な定義は、
 世界のすべての読者を目くるめく妄想と空虚へ誘います。
 何という残酷な希望か。
 物語、しかも原作あっての二次創作小説を手に取って
 夢中になってきた対話にこの作品は、痛烈なしっぺ返しと励ましをくれた。
  
 時間を止める能力を持つ咲夜を本作の主人公に選び、
 彼女自身の手でその死後に向けて手紙を、手品を遺させたのは何故か?
 作者のこの「人選」に拍手では足りない。私は惜しみなく敬礼を贈る。
 この作品によって、Viraja Aupamyaはその句点を打ち終わりました。
 時間は停止し、本を閉じ追えた私は今現在ひとりの読者であり、
 したがってこの種も仕掛けもある手品を観劇している読者の姿と、
 それに合い混じった自分の姿を仮想して、最高の読後感を味わっています。

 物語は素晴らしい。二次創作はさらに素晴らしい。
 きっと読者の数だけ咲夜の手品があるのでしょう。

 ◆

 この手品師に、そして他のすべての作者達に、盛大な拍手を。
 そしてしがない一人の書き手となった私はこれより、
 微力ながら僭越ながら、手紙を書ける者になっていきたいと思います。

 ――以上で、Viraja Aupamya九日間の感想連載を終わります。
 最後までまとまりのない感想になってしまいました。
 書き散らかすだけ書き散らかしてしまいましたのでせめてものフォロー、
 この本はこちらの専用サイトに書かれているような本でございます。
 気になった方は、ぜひお手に取ってみていただけたらと思います。
 

【6/22】Viraja Aupamya九日間感想連載◆8日目『Doomsday clock』

 
 ものすごい勢いで一週間が終わっていった。
 そう感じる時は大抵やりたいことができていない時。
 さすがにこれほどまで時間がなくなるとは想定外だった……
 
 お陰様でそろそろ原稿の足音が忍び寄ってきたところで、8日目。
 
 
『Doomsday clock』
 詩所さん
  
 初見の印象と本来のエッセンスが微妙に乖離した、意外性のある作品。
 頽廃的でモノクロと化した未来世界――
 私の語彙ではその程度の表現しかできませんが、これ単体では目立たない。
 なるほどモチーフ自体はよく見るものですし、
 その中で活躍するキャラも、確かに組み合わせこそ珍しいものとはいえ、
 「珍しい組み合わせ」というモチーフ自体もまた「よく見るもの」であり、
 したがって真にこの作品を尖らせるには至っていない。

 私の中で痛烈な印象に残ったのはクライマックスの妹紅の見せ場ではなく、
 無機質な端末を携えたメディスンが、返事のない世界に向けて
 電子端末を手に宛名のないメッセージを発信し続けていたシーン。
 桐生さんの作品と違い、遺構しかりその中に出現するグッズしかり、
 この作品で描かれる未来は比較的近距離にあるものを予感させます。
 現代世界の延長線上に容易に想像できる世界観、
 二人だけがその世界を闊歩することについて、しかし背景は語られない。

 見えてくるのは、極めて短期間の内に世界が破滅の坂道を転がり落ちて
 「デカダンス」へ収斂し、地下室へ押し込まれるように二人が行き会って、
 結果として否応のないコミュニケーションへの希求が共鳴し合い、
 場当たり的な必要性に迫られて、受動的に造り上げてしまった――絆。
 消極的な二人の、一見には売れ残り処分品の抱き合わせの如き絆。

 本作に描かれる、そんなちゅっちゅもキャッキャも欠落したこの絆、
 しかし一読者としてこれだけは保証したい。
 本作における二人の少女の絆は、互いに受動的であるが故に本質であり、
 かつ消極的であるが故に純粋なのです。


 とっても分かりにくい表現を敢えてさらに分かりにくくするため、
 少し話を逸らします。例えば我々の、現代のコミュニケーション。
 人と言葉を取り交わす手段も余地も機会も我々は目下失っていません、
 しかしネットワークツールが発達する中で、
 ハブのシステム部分だけが格段に進化した結果、
 好印象、好都合な人のみを視界に選ぶことが出来るようになった。
 つまり、選択肢のあるコミュニケーション。
 必然、そうでない相手とのコミュニケーション能力は著しく衰退する。
 
 ……なぜこんな社会的な話を持ち出してきたのか?
 それは、この作品に描かれたコミュニケーションに対する問題提起が、
 解説文に書かれたものとは少し違う形で私には感じ取れたことを
 敢えて私の感想として、エゴい文章に残しておきたかったからです。
 死ぬに死ねない、生きざるを得ない二人の接近遭遇。
 都合良く濾過された現代の人付き合いと異なる、好きか嫌いかを超越した
 ひどく切迫した触れ合いに私は胸を震わされるような憧憬を抱きます。
 選択的コミュニケーションという概念が死滅した世界で、
 彼女たちは互いに、相手が存在することの嬉しさに甘く依存している。

 うまく表現できないのですが……
 そこに感じ取れるのは、極めて古代的で純粋化されたよすがの姿です。
 「私じゃない何か」が存在すること自体に対する、幸せな愛しみ。
 たとえ狂おしいほどの情愛表現がなくとも、絆としか言い様のないものが
 モノクロームの世界でカラフルに編み出されている。

 本作は一見、あの象徴的なラストシーンに代表されるとおり、
 救いのない世界に一条の希望を垣間見せる物語に見える。
 しかし作者が充分に自己の作品世界を反芻してくれたお陰でしょう、
 恵まれきった現代人には到底及びもつかない、
 一度荒廃しきった社会の中に胚胎するコミュニケーションの卵細胞が、
 この作品全体にありありと具現している。

 ふう、さて、冒頭にようやく話が繋がります。
 その清冽なエッセンスに読者が憧憬を抱く時、
 この物語の世界が現代世界から近距離に描かれていることは、
 きっと偶然ではなく、明確な重みを持ってくるのです。
 解説文にあった「この作品に描かれた希望」とは、
 妹紅が打ち破った暗雲の彼方に覗いたモノではない。
 何気なく見えるシーンが積み重なって隠しきれず漂ってくる、
 お互いに対する「居てくれて、嬉しいな……」の心。
 この世界において希望とは、疑いなくそれだと思われます。
 
 悲しくも美しい物語。最後に、敢えて逆側から解釈すると――
 世界が衰微した原因も、メディのメッセージに応答がない原因も、
 発達しすぎた選択的コミュニケーションの末路で人々が失った
 大切なものの存在を、示唆してくれているように思えるのでした。

 ◆

 このクラシックな作者に拍手!
 というわけで明日はいよいよ最終日、『EXTRA』と、本著全体への感想です。
 長きにわたってお付き合いありがとうございます。
 明日は思い残すことのないよう、文章をぶつけますよ。
 

【6/21】Viraja Aupamya九日間感想連載◆7日目『博麗霊夢は  をあいしている』

 
 帰宅してみたらびっくりするくらい部屋が寒かったのですよ。
 そういえば台風5号さんがお近づきになってあそばせたんでしたね。

 ってあれ、もう死んだのk

 まぁ台風が過ぎると一転して夏が来るんでしょうねえ。
 などと場つなぎで、風流な台詞も垂れ流しつつ本題。
 
  
 
  
 ○『博麗霊夢は  をあいしている』
 パレットさん
 
 世界は彼女を中心に回っている。

 敢えて一意的で頭悪いくらい浅薄な例示をしてみると、
 思いつくところは「涼宮ハルヒの憂鬱」でしょう。
 一応感想であって論評ではありませんし
 あまり衒学的なことを言うつもりはないですが(知ったかぶりだし)、
 ただ過去涼宮~を読んだ際に「これってジュブナイル小説っぽいなあ」と、
 無知な私でも朧気に感じられた記憶があります。

 佐藤厚志さんの作品に次ぐ、この本で難解な作品その2。
 柔和な表現を多用し、割り切りよく内面描写に重心を置かれた作品は、
 読みやすさはともかくキャラクターの心情を繊細に追うことができる。
 そこに描かれるのは、純真な幼い憧憬が少女の成長の中で姿を変えて、
 やがて自我が芽生えると共に葛藤に変わり、
 二種類の心がアンバランスに共存しやがて弾けた僅かな時間のあらまし。

 そんな物語の性状に忠実に向かい合ってみると、
 この作品からはやはりジュブナイルの豊潤な匂いを感じ取るのです。
 世界の中心を仮想的に見立てて、そこから自己の世界を形成していく――
 たびたび引き合いに出しますがかつて涼宮~で、
 ハルヒの隣にいるキョンがそんな役回りを演じました。
 本作に描かれる世界は、しかしそれより閉鎖的で、内向的で、
 そして言うなれば病的です。
 幻想郷だから安心感を覚えてしまいますが、
 彼女達が垣間見せるかんばせには明らかに暗く病んだ要素が孕まれている。
 僅か三十頁ほどの紙面で極端なまでに象徴化されたストーリー展開は
 そのまますべてがメタファに満ちあふれ、神聖にして不可侵で
 ファンタジックな人間を基準点として、精一杯に自己の世界を構築する
 八雲紫や霧雨魔理沙の心象風景を具現化した姿そのものとなっています。

 彼女らは極めて盲目であり、純真ながらにして病的。
 しかしこの物語は一方で、もう一つの揺るぎない真実を描いている。
 切なげな紫、魔理沙、アリス、「お姉様」の独白によって
 明確に浮き彫りにされるそれは――ごく簡単なことです。

 博麗霊夢が、もうどうしようもなく魅力的で、かわいくて、
 とにかく愛される存在なのだということ。

 こいつ何を、と言われるかもしれない。
 ですが同人誌を読むくらいの東方のファンであるなら、
 霊夢を嫌いな人なんてきっと皆無に等しいでしょう。
 そして、霊夢が無条件に愛される姿に覚えの一つ二つは必ずあるでしょう。

 博麗霊夢は愛されざるを得ない存在である。
 この作品のストーリーは、東方の世界を形作る上で中心となる
 博麗霊夢という人物が有する果てしのない魅力を完璧に捉えきり、
 いわばそのレゾンデトルを「擬人化」することで成立しているのです。 
 あまりにも無防備に愛されてしまう霊夢の立ち振る舞いは、
 読者の想いさえも惹きつけ、本ごと抱きしめてしまいそうになるくらいの
 途方もない嬉しさ、いとおしさを与えます。
 それが涼宮ハルヒ・キョンと本作における主人公の存在感の違いであり、
 ファンタジー・ジュブナイルとでも言うべき色彩に本作を塗り上げた要素。
 その色彩が、まったく趣の違うはずのぱじゃま紳士さんの作品にさえ
 どこか相通じさせてしまうような、甘くて苦いスパイスとなっているのです。

 乙女らしい乙女心を魔理沙や紫達が全編通じて担いながら、
 一方で東方の二次創作すべてを代弁するような、
 絶対的な正義をこの作品は体現しています。
 世界をも巻き込んだ究極の「愛されいむ」の形であり、
 そしてかつ、そのような世界の捉え方をするからこそ、
 やはりジュブナイル小説としての一面を私は感じてやまないのです……
 さて、他の方の目にはどう映るのでしょう。 

 この作品に描かれる彼女たちを、
 紫らしい・魔理沙らしいと感じるか感じないかは読者によるでしょう。
 もしパレットさんの作品を一部でも知っていれば
 少なくとも解説文にある楽しみ方はできるとは思いますが、
 そもそも二次創作における「らしさ」というのが、
 意地悪に言えば、先人の記号化の累積なのです。
 パレットさんのセルフオマージュとしてもさることながら、
 ことジュブナイル小説としてこれを眺めると、
 本作が実は完璧なまでに東方の二次創作なのだと見えてくるのでした。
 
 ◆

 この愛溢れる作者に拍手!
 というわけで明日は8日目、『Doomsday clock』をお迎えします。
 

【6/20】Viraja Aupamya九日間感想連載◆6日目『Ret;romancer』

 
 大事に扱ってたはずのこの本なんですが、
 何度となく手に取ったり鞄に入れたりしてましたので
 やはり知らない間に薄く光る筋が。

 自分で本を作るときも悩んで悩んで、最終的に絵柄見て決めてるんですが
 マット加工って手触り好きで、だけど傷つきやすいので管理が難しい。
 PP加工とは永遠のライバルであろう。きのこたけのこなんて目じゃない。

 ホログラムPP加工?
 あ、うん。……やってみたいね。お金があったらね。

 ◆

『Ret;romancer』
 きりゅうさん
 
 言ってしまうと私は東方の旧作キャラを知りません。
 PC98マシンが骨董品と化した今原作に親しむチャンスは実質ゼロですが
 原作を知る前に誰かの生成した副次的な色に染められるのが嫌で、
 本来なら二次創作もあまり積極的に嗜まない。作るも読むも。
 ではこの作品をお勧めすることは困難か?

 とんでもない。
 キャラのキャラクター性を超越した、
 東方の東方たる東方でしかない魅力がこの作品には満ち溢れている。
 うん、よく分からないな。つまり旧作が分からなかろうと、
 仮令SFが好きじゃなかろうと、
 東方を愛する小説好きにはもれなく本作を読んでいただきたいのです。

 実像と虚像、実像と幻影、現実と幻想――
 雄弁な語り口に乗せて、四十頁の間リアルとバーチャルが
 間断なくシームレスに入れ替わる有り様は最早感動の一言。
 世界の確かなるモノを見つけては見失いかける二人の軽妙な掛け合い。
 現実とそうでないものが渾然一体となった目くるめく世界で、
 ついに本格的な幻想の侵食が始まるときの得も言われぬ昂奮。
 進化を遂げすぎた世界が無慈悲に捨てつづけた古い常識達の、
 それは現代に対する反逆であった。

「狭くなった幻想郷を捨て、今こそ外に飛び出す時です!」

 短いながらも強烈な科白です。
 高ぶり、わくわくし、何より恐怖感を覚えるこの科白のパワーは
 この本の中でも随一でしょう。
 加えてそれを引き立たせるだけの世界観の構築がまた筆舌に尽くしがたい。
 SFテイスト溢れる多彩な劇中用語、その舞台装置を用意した分だけ
 余すことなく巧みに利用されていくあらゆるギミック、
 記号化されて世界に「挿入」されるモニュメント、などなど
 申し上げるも百聞は一見にしかず。
 めがねさんがおっしゃっていたけど、この世界観でまだまだ読み続けたいと
 真剣に願ってしまうほどの素晴らしい京都ワールド。
 そう、何と言っても本作の舞台が京都というのが魅力を倍加させている。

 マジックリアリズム――小説の用語となるとからっきしの私にも、
 森見登美彦を読んでいたおかげで聞き覚えのあるこの単語。
 まさしく森見作品で感じた京都の魅力、マジックリアリズムの魅力が
 本作では存分に活かされている。
 尚これがSFのこととなると一層の門外漢で輪を掛けてさっぱりですが、
 こちらも色とりどりのフレーズが京都の町並みを彩っていき、
 先述のマジックリアリズムと相乗効果を成してぐいぐい世界を描いていく。
 これはSFとマジックリアリズムの融合を褒めているのではありません。
 桐生さんという作者の腕前、センスに敬服しているのです。

 珍品揃いの一冊にあって、豪快にそして完璧に突き抜けきった作品。
 現実世界の京都にベースを構えて幻想郷を立地的には突き放しながら
 描かれているものは取りも直さず幻想郷。
 ここまでのすべての作品がキャラクター性を浮き立たせることに
 重点を置いていたのに対し、この作品にはまごうことなく
 幻想郷という世界そのものの二次創作が描かれている。
 それも原作に対して受け身になることなく、
 作者自らの言の葉と世界観で、違和感のない幻想郷の延長線上を
 ページ中に描ききっているのです。恐ろしや。
 大きく出ますが、これこそ東方二次創作の神髄と言えるでしょう。

 前作ポメガのリコーダーさんの作品も稀代の名作でしたが、
 何かこのシリーズではSF系に神品が揃う運命なのか。
 軽快なテンポ感で押し広げられる、文字通り虚々実々たる
 夢と現の攻防に酔いしれていただきたい。
 
 ◆

 このマジカルな作者に拍手!
 というわけで明日は7日目、『八雲紫は  をあいしている』おいでやす。
 

【6/19】Viraja Aupamya九日間感想連載◆5日目『名庭園』

 
 夕方くらいに外見たらすごい雨上がりのお天気だったので
 あとは遠ざかるだけだし――と思ってお仕事してたら
 夜帰る段階になって暴風雨に襲われてて
 普通に今がピークでした的な情報にうちひしがれてきました。
 台風は遠くにありて重うもの……
 
 というわけでえらいこと濡らされましたが
 列車も都合よく数分遅れてくれたおかげで乗れましたし(
 そんなこんなで折り返し地点の企画である。

『名庭園』
 (MS***さん)

 奇しくも前の収録作品に続いて、フランドールが主役を張ります。
 奇しき訳ではないのかもしれませんが。
 前の作品とは打って変わって、静かな触れから始まる物語。
 もう一人の主役・妖夢の持つ融通の利かない、
 というか融通のない気風がごくゆったり物語を支配し、
 フランドールの狂気はその奥底で不穏に蠢いているといった具合。
 静かな音楽のイントロのバックで、
 似つかわしくもない滅茶苦茶なギターリフが掻き鳴らされているような
 曰く言い難い胸騒ぎを覚えたのは私だけでしょうか。

 この物語は、最初から自らの決壊を因子として含んでいます。
 妖夢という人間の音楽が一小節ごとに完成されていき、サビを奏で上げ、
 押しも押されもしない完成品となったところでついに――
 訂正、ギターという騒々しい喩えはあまり適切ではないかもしれない。
 この作品はもっと静かに、優雅に、かつドラマティックにサビを奏でます。
 音楽にまっこと暗い私では楽器に喩えるのが不可能で、
 それでも何とか表現するならまさに言葉の音楽。

 決して華美ではないながら、さりとて淡泊でもなく、
 作者の持つ潤沢な音楽的感性がたっぷりと染み込まされています。
 これは氏だからこそ書くことが出来た物語でしょう。
 最後の壮絶な盛り上がりと爽やかな幕引きは、
 用意されたコーダへと帰結する、古き名曲の楽譜をなぞるが如きです。
 清冽な作者の美意識が垣間見えます。それは最後に物語を支配した、
 あの七色の庭に分かりやすく集約されていると言えるでしょう。

 さてストーリー。
 作品の芸術性だけを称えて終わりかと言われればそれは大間違いで、
 この作品に籠められたフランドールの寂しげな狂気は、
 前作と趣が異なり恐ろしいまでに親近感が湧くものとなっています。
 より常人に近い位置にある狂気です。完成品に対する破壊衝動、
 きれいなものを台無しにする時に生じる理屈不明の快楽、
 いずれも我々が容易に理解できる感情のごく間近な延長線上にあります。

 そしてその狂気を、妖夢に共感させたことに拍手を送りたい。
 完成することへの憧憬と恐怖、フランドールの翼に対する艶やかな傾倒。
 そして雑多な摂理を有無も言わさず押し流してくれる、
 質量を持った美への強く清々しい希求。
 形而上の理想を具現することと、その破壊に打ちのめされたがる心――
 妖夢という危うげな人間像に、よくそれを重ね合わせてくれたと思います。
 風呂敷を広げて想像逞しくすればこうした感情は、
 ともすれば我々が長生きのできない、不憫な動物であることを
 しんみりと裏打ちしているのかもしれません。
 人間は自らを待つ死という存在を賢しく理解しているが故に、
 フランドールや妖夢のような、一縷の狂気に逆らえない。

 なんてのは余興としても、全編通じて心の中に共鳴するものを感じた私は、
 この物語の最後のサビまで見事に聴き惚れてしまったのでした。
 美しい言葉の旋律、心を研ぎ澄ませて読み進めてほしい物語です。

 ところでここでも、凍れる音楽の比喩を引用した解説文が見事。
 私のような無知蒙昧な読者にも適確な情報を提供し、
 作品の神髄を楽しませてくれるための道筋を用意してくれています。
 
 ◆

 この優雅なる作者に拍手!
 というわけで明日は6日目、『Re;tromancer』がお待ちかねです。
 
 

【6/18】Viraja Aupamya九日間感想連載◆4日目『砂糖菓子の爆弾はぶっ壊す』

 
 毎週月曜日はすごい速さで時間が流れていくんですけども、
 だいたい火曜日の昼間あたりで失速するのが惜しい。
 怒濤のように一週間が流れてくれれば次の土日までもあっという間ですよ。
 その場合、原稿も真っ白のまま土日を迎えそうですけども。

 相変わらずちょいと忙しすぎるので原稿が進まない。
 なのに感想を書いてる時間はあるのか? と言われそうだけど
 感想は読み終わった時点でほぼすべて書き上げているので
 新たな時間を費やしているわけではない。
 これはアリバイトリックなのだよワトソン君。
 
 なお小出しにしてるのは、全部いっぺんに書いたら勿体ない!
 ってのと単純に文字制限に引っかかるという物理的理由。
 テキストファイルで19KBとか表示されてるのはこれいかに。

 というわけでその感想。


『砂糖菓子の爆弾はぶっ壊す』
 ぱじゃま紳士さん

 What are little girls made of?
 このフレーズにすべてが集約される。
 さながらいくつものスラングがスプレーで殴り書きされた、
 極彩色が脈動する地下のコンクリート通路の如き空間。
 行き場のない暴力的なまでのバイタリティに溢れた本作、
 とにかくこの作品はその痛快な膂力が溢れんばかりに終始支配し、
 その蠕動をより大きな地下牢が、ペニスを頬張る膣の如くに
 密封している――そんな単純明快な構図です。

 未読の方がこの感想を見たら、今ので麦茶が霧になるな。
 だが既読の方なら、大きく頷いて頂けることと思う。

 フランドール・スカーレットと古明地こいし、
 莫大な現実世界の情報量からそれぞれの事情で遮断された二人が、
 膨らませた砂糖菓子で現実との戦いを挑む物語。
 曖昧な夢たる自分の世界へ明白な現実を取り立てる手段がファックであり、
 そのインターフェースであるペニスを少女達は希求する……
 なんて、書いてみればこれほど破天荒な物語もないのですが、
 しかしこれほどシニカルにロジカルに世界を組立てられてしまっては
 もはやぐうの音を出す隙間もない、太鼓判を押さざるを得ない。
 スラングうじゃうじゃの地下コンクリート通路で生まれて育って
 他の世界を知らないままに出逢った二人を、
 これほどリアリティ抜群に描ききられては堪らない。
 
 まったくもって感動の一言です。
 私の構想段階の作品が、私の作品の数倍凄まじい形で
 上塗りされていくのを見るのは忍びなかった……

 フランドールという少女があまりにも暴力的でかつ強力なため、
 ごくありふれた少女という概念ではもしかすると計りきれない。
 しかし狂人と一言で括ってしまうには、あまりにも彼女は論理的で能弁だ。
 狂人はそのペニス――現実世界における雄々しきバレルを
 喉から手が出るほど希求し、壁の向こう側への怨嗟を口ずさみ、
 地下通路に居ながらにして一つずつ現実世界の痛点を潰していくのです。
 読者を前にして行き場のない怒りを、悦楽を、欲求を、殺意を、爆発力を、
 つまりはすべてひっくるめて生命の脈動たる脈動を、
 無邪気に、蠱惑的にさらけ出していく彼女。
 その姿には、私のみならず多くの読者が
 ひたすら爽快な想いに浸れたのではと思われます。
 どこか90年代のミスチルのヒット曲に雰囲気が似ていると思うのですが、
 それはちょっと私の乱暴な思い過ごしでしょうか?

 強烈な印象と感服をもたらした本作。
 そして何をさておき、この作品はまことに解説がファインプレイ。
 私のような浅学非才の身には、
 ファリック・ガールという概念の存在を示してくれただけでも大助かり。
 これによってフランドールの振り翳す砂糖菓子の如き「ペニス」に
 確かな実体的概念を得ることが出来、
 本作をただ奇天烈な物語として浮動させることなく
 安心感のある衒学的な地盤に固定することができた。
 彼女が決してレイプされることのない存在で、
 それゆえにあまりにも空虚であるという表現に基づき、
 我々は彼女たちに魅力を覚え、愛する根拠づけが出来たのです。

 他の本では決して為し得なかった、この本ならではの不世出の怪作。
 人によって楽しみ方は異なるでしょうが、
 私のような少女的な趣味に感応してしまう人間からすると、
 これほど女の子をカワイク描かれたらもう絶賛以外の術を持たないです。
 閉鎖世界で甘い砂糖菓子の爆弾を、
 もっと大きくエロティックに、激しく炸裂させてほしい――
 彼女たちによる圧倒的暴力による世界の蹂躙か、
 はたまたあるいは裏腹に螺旋の如く二人きり堕していく彼女たちか、
 いずれでもこの筆致で見てみたいと思わせるメロディアスな文章も白眉。

 ……なんかこう、割ととんでもない感想文になりましたがホントに、
 これは読んでみてくださったら分かる。稀代の名作です。
 フランドールの「精液」が口いっぱいにぶち込まれてくる快感、
 一人でも多くの読者にひたすら狂おしく、溺れていただきたい。
 
 ◆

 このファッキンファンタスティックな作者に拍手!
 というわけで明日は5日目、『名庭園』へと流れ込みます。
 
 

【6/17】 Viraja Aupamya九日間感想連載◆3日目『書簡集』

 
 なんかぽけーっとPSPミルホ2のプロモーション動画を観てたら
 ものすごい勢いで興味が湧いてきたというか。
 まず追加キャラのビジュアルが何というかすごい好き。そして曲が好き。
 とはいえ1をプレイしていないので興味を抱くまでで終わる可能性大。
 
 アニメ? アニメは観たけど。
 逆にアニメの破天荒さが原作への興味をかき立てたのは
 紛れもない事実なんだけども……。
 
 あーやりたいゲームや読みたい小説漫画が多すぎて。
 夏休みが11ヶ月くらいあればいいのに。
 というわけで、今日も感想的な何ぞ。

 
『書簡集』
 佐藤厚志さん

 言うまでもなく、全収録作品の中でもっとも難解な作品。
 派手な誤読やらかして恥かくのも切ないし、
 感想を投げ出してしまおうかという衝動にかられたりも。
 ただまあ、どうせ個人のブログだし誤読でも何でも良い、
 とにかく感じたことを感じたままに書いておこうということに。
 というわけで、誤読でも良いやと思いつつ
 この作品の美しさ、気品について何とか表現できればと思い筆を執ります。

 三作品連続の書簡体と紹介されている本作。
 一般的に書簡というと誰かに宛てて書き記した長い文章ですから、
 必然的に「相手」、封書に書かれた宛先の存在が強く意識され、
 心象風景にしても語りの構成にしてもその影響を強く受けるのが普通です。

 この作品は、三作の中で最も書簡たる雰囲気を持っています。
 ここまでの二話はというと、書簡の体裁を取りつつも
 懇切丁寧に読者にストーリーを語り聴かせる作品であったり、
 書簡というより手記に近い性質のものだったりした。
 結果、本来宛先であるはずのない我々「読者」が、
 その差出人との対話性を簡単に感じることが出来ていた。
 封筒に宛名を書きつつ、その実手紙を開けるのは読者なのだという想定を
 排すことなく、小説の一つの形態として記述体が利用されていた。

 ところが、本作の宛先はというと決定的に登場人物の住所です。
 タイトル「書簡集」に偽りはなく、
 作品はさながら長きにわたってしたためられた手紙の書簡入れをあらため、
 あくまで無関係な立場からそのやり取りを盗み見しているような塩梅。

 ゆえに語り部・風見幽香から何者かへと発され続ける言葉は、
 読者に朧気な全体像のみを与えつつ、
 一方ひたすらその宛名たる「何者か」の存在感を匂い立たせ、
 読者の激しい興味を惹起して止みません。


 私達に、彼女の見聞きした物語の全貌が伝わることはありません。
 あらすじはというと前文に書いたとおり難解で、
 私がしたり顔で解説するのはやはり避けます。無理。

 しかし直感にしたがって感想を記すと、
 この作品はひょっとするとさほど難解なギミックでも、
 まして高邁な哲学でもなく、
 ただ四季の流転という誰もが知る理を結晶させたものなんじゃないかと、
 そんな気がするのです。春夏秋冬と巡りて同じ春は二度巡らず、
 芽吹いて萌えて枯れて散って同じ花は再び咲かず、
 されど次なる花を咲かすのは前の季節に落ちた種。
 そんな断々固たる世界のことわりに、風見幽香という語り部をもって
 機械的な感傷を織り込んだのではないか。
 そんな当たり前の道理に当たり前の手段として、
 彼女は次の「季節」へと手紙をしたためることしかできないのではないか。

 読者がその一端を本作で垣間見ているのだとしたら、
 風見幽香の荒涼とした無常観、ささやかな幸福とそれ故の寂寥感、
 文面から痛切に伝わってくるそんな感情も嘘ではないのだろうと思います。
 淡々としつつも切迫した彼女の行動は、いわば植物的な官能性に満ちていて、
 さながら自らを季節の花であると見立てているようです。
 私にとってこの難解な作品は、多少大袈裟な言い方になりますが
 この星が自らの営みを風見幽香を依り代にして語っているような、
 そんな切ない作品に映りましたがどうでしょうか。
 
 ◆

 この清涼なる作者様に拍手!
 というわけで明日は4日目、『砂糖菓子の爆弾はぶっ壊す』に続きます。
 
 

【6/16】 Viraja Aupamya九日間感想連載◆2日目『昭和20年のナイトフォール』

 
 何ということでしょう、アニソン三昧を朝9時から聞いていたら
 あっという間にこんな時間に!

 いや逐一大騒ぎするのは自重するつもりでしたが
 気づけば5月一ヶ月分のツイートとほぼ同量を
 一日で消費してたという恐ろしい事実。愕然とするしかない。
 朝から深夜まで馬鹿騒ぎして、興味ない方大変申し訳ございませんでした……

 にしても、ラインナップはほぼ文句なしでしたねえ。
 あとは好調な聴取率がはじき出されて、一年に一回の祭典として
 隠れたお化け番組になってくれたら嬉しいなあ。
 

 というわけで、では連載企画の方へ。
 
 
 
『昭和20年のナイトフォール』
 つくしさん

 時代がかった仮名遣いが素人お断りだぜぇ的な雰囲気を醸しますが、
 気むずかしそうに見えて案外現代語に近く、
 国語の苦手な私が普通に読めました。ですのでどうぞ身構えずに。

 この本で一番享楽的な作品ではなかったでしょうか。
 げっぷが出るほど鏤められた旧字体、てふてふ的な古めかしい仮名遣い、
 本作においてこれらはどうもアクセサリにすぎない気がしますね。
 この作者が本作に選んだスタイルは、その書簡体という様式も含めて、
 必ずしもストーリー上の必然性に要求されていません。
 偶然作者の筆致がそちらに赴き、
 一種の遊び心にこのスタイルを選んだかのように見える。

 ……そして私がこの作品で最も興趣を惹かれた要素も結果的には、
 こうしたエクステリアではなく、もっと内面的な部分でした。


 敗戦の足音が聞こえ始めた諏訪神社で、戦火の下に生きていた一人の風祝と
 そこで行き会う不思議な少女との物語。舞台は昭和20年8月のある一夜。
 自ら語りすぎてしまうほどに特殊なこの舞台設定を、
 真に脈動させる要素が二つ。
 まず一つには、空襲、疎開などといった血腥い現実と神なる世界とを、
 物語に突如現われる一人の少女が立ち振る舞って刹那的に結びつけ、
 接触しコネクションをもったその次の瞬間に国が終戦を迎え、
 現実だったものが一気呵成に突き崩れるというこの展開構成の妙。
 少女がここならぬ世界へ旅立っていった夜の光景は、
 天皇という神なる存在を失い、夢から醒めるように
 別の現実へと舵を切っていったわが国の転換点を象徴するものです。
 後世彼女が筆を執っているその瞬間の果てなき追憶に、
 読者の歴史ロマンを含めた感情は容易に共有される。

 そしていま一つには、少女が醸し出す正体不明の雰囲気の魅力が、
 物語ありきでつくられた登場人物の身空そのものでなく、
 純粋に子供――こと少女という生き物に特有の、
 底深い神秘性に由来していると思われることです。
 子供は何歳まで神様の子、などと言われる、あれですね。
 大人の常識的な感性の外に子供達は居て、たとえ目の前にいても
 大人と違うものを視て生きている。
 ジブリの名作「となりのトトロ」に相通じる、ある種の神秘さ、不気味さ。
 特に女の子は、なぜかその性状が濃い傾向があります。

 本作には、そういった童女の発する神性が芳醇に染み込んでいるのです。
 もしかすると作者も無意識のうちに描き出されたのかもしれませんが、
 この少女は既存の東方キャラクタのオマージュとして描かれつつも、
 その魅力の根拠をより人間という動物の根源的な部分に持っている。
 これこそが私の好みのど真ん中を射抜いた主因であり、
 本作をささやかな名作として際立たせるエッセンスに他なりません。

 もちろんこれは東方小説という観点で見るとやや劇薬で、
 ともすれば文字通りに興醒めさせる要素ではありますが……
 御託を並べといて最後に使うにはちと安っぽい言葉ながら、
 まあ「この本に収録されたから許される」としたいですね?(

 この作品を読まれる方には、是非とも版面の見た目に誤魔化されず、
 語り手の視点から日本の辿った遙かな時空と、
 消えてしまった少女の神秘性を充分に味わって頂きたいと思います。

 ◆

 このカッコつけの作者様に拍手!
 というわけで明日は3日目、『書簡集』に向かいます。

  ところでつくしさん、文中何となくルビが一カ所違うような……。
 

【6/15】 Viraja Aupamya九日間感想連載◆1日目『凡庸なる老騎士アルベリヒ卿からの手紙』

 
 昨日8日間連載とか書いたのにさりげなく水増ししてるのは
 もちろん収録作品数をド勘違いしてたから★

 ★マークつけたところで何の解決にもなっていないとな。
 では次に取る行動といえばさりげなくなかったことにして
 感想に移る以外ほかにないだろう。

 そういえばまあ好き勝手書いてる感想なんで、
 作品ごとに感想が長かったり短かったり、
 すごい解析寄りだったり紹介だったりばっちり感想めいてたり、
 ネタバレも混ぜたり混ぜなかったりで結構フリーダムです。
 あと私みたいなへっぽこぴーが真っ当に読み抜くことなどできるはずもなく
 当てずっぽうのマジ適当な感想なんで愛読者の方アッ石投げないで……
 
 能書きはそこらへんにしてでは、本編。
 
 
『凡庸なる老騎士アルベリヒ卿からの手紙』
 ねじ巻きウーパールーパーさん

 舞台は幻想郷とは縁もゆかりもない異国の地。
 書簡の書き手たる主人公は老境に差し掛かり、
 泰然自若とした至って朴訥たる性格が偲ばれる好人物。
 方や東方世界からの「客分」であるナズーリンも、
 原作や多くの二次創作に見られる愛くるしさや茶目っ気はやや影を潜め、
 どこか達観の多い臈長けた人となりを見せている本作。

 暗転の気配を内包したまま堅調に紡がれる物語は安定感あふれる一方、
 ともすれば題名にあるとおりの「凡庸」な作品として、
 個性派集団のこの本にあっては埋没しかねなかったところ。
 しかし幻想郷を飛び出して中世(?)ヨーロッパに舞台を構えた奇作を、
 私は全作品を読み終えた今、もう一度読み返しに戻ってきている。
 異端なる作品がひしめいたこの本にあって、
 斬り込み隊長たる作品がなぜ「凡庸」に見えたのか。

 語り手の老騎士が「凡庸」だから? それもあろうがそうではない。
 この作品を「凡庸」と見せてしまった作者の腕が、
 むしろ逆説的に非凡だったことに気づかされた。
 
 世界観を描き出す切り口、語り手の心得、キャラクターの再構成。
 そしてそれらのアウトプットたる文章表現が一縷の隙もなく調和した結果、
 この作品は解説文にあるとおり、東方における当たり前の世界から飛翔し、
 雪降るヨーロッパの街に新たなる舞台を築き上げてしまった。
 彼らの踏んでいる土が幻想郷と地続きであるかのように、ごく自然に、
 かつ巧緻に編み込まれて、そつのないこの物語が生み出された。
 これを「凡庸」と一言に集約してしまうのは惜しい。
 惜しいが、それをさせてしまう筆力に舌を巻かされるばかり。
 
 その刻その刻の安寧に幸せを噛み締めながら、
 やがて来る暗転を物語は最初から内包している。
 薄紙を剥がしていくように、切ない破滅がその姿を二人の前に現して、
 クライマックスのシーンで堰を切ったように読者の感情は盛り上がりを見せる。
 別れを切り出す哀切な独白、予定調和の如く訪れてしまう結末。
 その述懐のすべてが証明していく、二人の時間が本当に幸せだったことを。

 手紙を結び筆を置く瞬間の、
 おそらくは穏やかな顔をしているであろう老騎士の心が、
 ラストシーンではリアリティを持って強く心に共鳴してきました。
 ダウジングロッドに遺された、もう一つの文字なき手紙。

 すべて、何から何まで。
 悔しいくらいに直球勝負で、そのくせ変化球もキレが良い。
 度肝を抜く奇抜な舞台設定を目くらましにした本作、
 百鬼夜行の如き一冊の嚆矢を飾る作品は意外や意外の
 超正統派エンターテイメント作品ではなかったでしょうか?
 ただ尖るのみを良しとせず、さりとて技巧を明け透けに主張するでもなく、
 死地へ赴く老騎士の最期の追憶を、走馬燈の如き人生の回顧を、
 彼の感情のままに、しかしそれに振り回されることなく伝えきっている。
 あくまで「凡庸」に佇むこの作品は、
 作者の老練な筆力に支えられて輝いていたように見えました。
 
 ◆

 この凄腕の作者様に拍手!
 というわけで明日は2日目、『昭和20年のナイトフォール』です。
 

【6/14】 明日からの企画予定

 
 読みながら感想書いてたら膨大な量になってしまったので、
 作品ごとに分けて連載企画モノにしたいと思います。
 というわけで普通の日記に加えてポメガ2全作品8日間連続感想祭り! 
 
 いやま所詮、好き勝手感想を書くだけですけど。
 先に添えておくとまぁそれくらい素晴らしい本だったよ、ということで。
 

【6/13】 落ち着かない……

 
 今月が終わったらもう一年の半分が終わりだっていう……
 
 また社畜アトモスフィアになり始めてて今日も淡泊な日記に。
 そいえば昨日何ぞかんぞで夕食をほぼ抜いてしまったら
 午前中がずっと死ぬほど死にそうだったそうで、
 うーんカロリー不足が祟る季節になってしまったかーとか
 カロリー不足の頭でぼんやり考えてたりしました。
 ひゃあいかにもカロリー不足の頭で書いた日記だ! オチもねえ!
 
 

【6/12】 そういえば。

 
 ポメガ2の解説文は誰が書いてるんでしょうねえ?
 主宰の佐藤厚志さんかと思いましたが、
 文体から見るにどうも全部が全部同じ人じゃないと思われる。
 
 ◆
 
 それにしても文庫というのは持ち運びやすくて良いですね。
 新書でも許せるんだけど、すぽっと隙間に入り込みやすいあたり
 文庫のほうが無理なく携帯してる安心感があるよね。
 逆にB6あたりまで行くと、がんばって携帯しても
 列車内などではちょっと広げにくい。
 そのサイズだとハードカバーが欲しくなるという。

 ……印刷代がクライマックス!!
 (作り手の声)
 

【6/11】 眠い 

 
 今日はぐっすりと……
 いやまあ、長い日記は二日と続かない運命なのだよ(
 

【6/10】 感想「むげんのみなもに」

 
 商業誌です。積んであったのを読んでみたところ素晴らしかったので。
 作者のお名前は高崎ゆうき先生、全2巻。
 
 最初から重要なこと言いますが百合ってやっぱ道ならぬ恋ですよね。
 つまり背徳感情とか、自分自身への葛藤とかと切り離せない部分があって
 女の子がそんな自分についてじっと悩んだりとか、
 でもやっぱりあの子が好きなの……! みたいな、
 そういう心理(真理)がきちんと繊細に、かつ慎重に、かつ哀切に、
 そして何より空気感豊かに描かれているかどうかってのが
 百合作品の好き嫌いにすごく直結するのですよ私の場合は。

 ええい自分で言ってて恥ずかしくなるな。
 で、その葛藤が行き着くところまで行き着くと
 当事者の女の子同士では完全に二人きりの世界ができあがって、
 外部世界とのコミュニケーションの断絶や拒絶が生じる。
 二人きりの世界に残るのは相手への依存、病的なまでの深愛、
 ――それを得るための犠牲。
 世俗的な言い方をすれば「あなた以外誰も見えなくなる」ってやつです。
 桜庭作品的に言えば「because i miss you」みたいな。

 で、やっと本題。
 この作品ではそんな鳥籠の楽園で暮らす二人の少女が、
 自らの世界を形成するために必要な「嘘」を巡って揺れ動き続けます。
 死ぬことのできない少女と、人よりも早く時間を消費してしまう女の子。
 時間感覚を完全なる対極に置かれた二人が、
 残酷な運命に抗いながらただ一途に相手を求め続けるという物語です。

 二人だけの幸せを噛みしめ、それが壊れることなく続くことを願い続けて
 他者を排し、世界を排し、都合の良い嘘を塗り重ねていく。
 自らの欺瞞に蝕まれ、少しずつ壊れていく自分を自分で認めながらも
 幸せを失う怖さに怯え、螺旋の如くにまた罪と嘘を重ねる……
 神秘的な少女達が本作で紡ぎあげていく「純愛」は、
 冷たく苦く狂おしく愛おしく、もーただただ素晴らしいの一言!
 誰にも理解できるであろう普遍的で原始的で、残酷で透明な愛の本性が
 「百合」というモチーフによって浮き彫りになる。
 百合というエッセンスを除いても素晴らしいけれど、
 百合漫画だからこそより一層この作品は輝いている。
 


 ……いや実際は表紙買いだったんですけどね(ぇ
 まことに素敵な百合漫画に出会えました。
 「あなたのしあわせは、誰かのふしあわせ」
 「善良な人は回れ右。誰かを愛する悪い人だけ、この本をどうぞ」 
 
帯のキャッチコピーも、とても素敵。
 一人ひとりの心の動きが、冷たい痛みと共に敏感に伝わってくる作品です。
 特に百合好きな人はぜひとも、本屋さんかamazonで探してみてくださいな。
 

【6/8】 インフィニット・ストラトスにまつわる身内の何か。

 
 反「ISで一番可愛いキャラなんて千冬姉一択だろ」
 F「何を今更」
 反「Fさんならそう言うと思ってた」
 Y「のほほんさん」
 反(うんうんのほほんさんも普通に可愛いよね)
 R「ほうきちゃん」
 反(巨乳だからですね、分かります)
 K「シャル一択」
 反(花澤香菜だからですね、分かります)
 

【6/4】 今後の活動縮小のお知らせ。

 
 例大祭の余韻も少しずつ過去になり、代わって早くも
 夏コミの足音が聞こえる気ぜわしい今日この頃。
 例大祭のとき色々考えていたことには自分なりにけりがついたのですが、
 それにしても少し人に迷惑を掛けすぎてしまった感は否めないので、
 ちょっと反省を込めて今後の方針など。
 
 
 まず、既に当選してしまった夏コミは除くとして
 今後のイベント参加は基本的に
 「新刊となる原稿が完成してから申し込む」
 というマイルールに切り替えます。
 マイルールなんでどうとでも解釈できてしまいますが、
 まあ最低限、第一稿くらいは完成させてないとね。

 というわけで、夏コミには例大祭に用意していた作品を出す予定ですが
 その後は次の原稿が完成するまで一切イベントには申し込みません。
 あ……本文原稿が既に完成している某イベントは申し込む予定ですが。



 例大祭会場でも、仲間内で何人かに相談に乗っていただきました。
 〆切りを持たなくなることで、筆が絶えるリスクは確かに承知しています。
 ただ自分は、正直それほど心配していません。
 今はまた小説を書きたいという気分が残っていますし、
 このまま煙のようにフェードアウトというのは自分で想像できません。
 万が一このまま辞めるようなことがあったとしても、
 それは以前のように不貞腐れてではなく、
 何かしら自分が納得した上でのことになるでしょう。
 
 伊達や酔狂や馬鹿馬鹿しいケジメでこんなことを言い出したのではなく、
 要は今の一番の問題が、先の予定を立てきれない境遇にあることなのです。
 微に入り細を穿って書くつもりはないですが、
 入社年数が嵩むと自分の意志ではどうにもならないことも増えるもので。

 それに今の状況だとたとえ時間ができても、
 小説を書けるような精神状態・肉体状態とは限らない。
 そんなとき無理に筆を執って成果主義でKB数だけ追いかけると、
 多分私は遠からず小説を嫌いになってしまうのです。
 個人的にそういう書き方って、創想話で点数ばっかり狙うような書き方と
 別物に見えてぶっちゃけ同じ穴の狢だと思うのですよ。
 言葉にしにくいのですが、小説を書くことに対する達成感や爽快感を、
 自分なりに解析した上できちんと守りたいなと思うのです。
 あ、それと関連してですがポメガ2読み終わりまして
 これは物凄く素晴らしかった!

 ……まあ、その話題は後日として。  
 名うての大型イベントがあるたびに申し込みをして、
 新刊を出すための計画を立てながらそれを遂行できず
 本を落とすという失態がかれこれ3回4回連続したので、
 遅まきながら自分自身のルールが必要だなと考えた次第。
 
 繰り返して強調しますが、
 小説は別にペースを落とすつもりもなく、
 気が向く限りは書いていきますのでご心配なく。
 
 ◆
 
 それからもう一つ。
 木曜の日記とその翌日の放送でもお話ししましたが、ラジオを終了します。
 これも純粋に時間的な理由で、
 放送を予告しておいて放送時間に帰れないことが頻発したため。
 
 あとはまあ、原稿も満足にできないのにラジオだけ続けるのもね。
 私はSSサークルな訳だし(今更
 ラジオは今後、特番めいた形でたまにやろうと思いますが
 レギュラー放送は前回で最終回とさせていただきました。
 区切りがいいのか悪いのか、第99回での幕引き。
 長らくおつきあい頂いてありがとうございました!
 また番組改編期の特番にてお逢いしましょう。(ぇ
 
 というわけで二つほど、活動縮小のお知らせでした。
 大事なようでそれほど大事でもないので、ひっそり書いて終わる。
 小説書くことをいつまでも好きでいられますようにー
 

【6/3】 そういえば今後の方針など

 
 例大祭が終わったら書こうと思っていたのでしたね。
 
 ……そんなことを週の終わりに思い出すのもどうなのか。
 大事な話のような、そこまで大事でもない話のような。
 暗い話とかじゃなくあくまで方針発表として、今週のどこかで書きまする。
 

【5/31】 千秋楽というほどご大層なものでもない。

 
 きっといつもどおりのラジオ。
 
 http://std1.ladio.net:8080/hutuotahangon.m3u 
 ラジオ(第99回)
 6月1日(金) 23時30分~24時00分まで
 チャット
 http://www.cometeo.com/room/mdCzyBll/
 
 できれば100回目でこの日を迎えたかったけれども。
 うーん、まあ仕方ない。
 よろしくお願いします。
 
リンク
プロフィール

< リンク等はサイトの方へ!

Author:< リンク等はサイトの方へ!
FC2ブログへようこそ!

FC2カウンター
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

最新記事
検索フォーム
QRコード
QRコード
月別アーカイブ
最新コメント
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。