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【3/10】 あの日を境に、たくさんの変化があったことについて。

 
 もしもあの出来事がなければ、今はどんな感じだったでしょう。
 景気は今より上向いていたか? 人々の心は今より幸に溢れていたか?
 魚は相変わらず美味で、発電所は毎日安全に電力を供給してくれていたか?
 彼は生きていたか? 彼女は生きていたか?
 この街は記憶と違わない姿で今も残っていたか?



 明日は想像力を働かせて失われた物を補完して、
 あるべき場所にあるべきものをすっぽり戻してみる一日にしたいと思います。
 1年だからこそ、今だからこそできること。
 これが2年目になったら分からない。3年目になったら分からない。
 なぜならこうして想像力に長けた我々人間は、ゆえに次第に、
 そういう仮定に真実味を持てなくなるものだと思うからです。
 
 生きていたって病気になっていたかもしれない。
 原子力発電所は別の事故で放射能を撒き散らしていたかもしれない。
 どのみちうちの畑を継ぐ者はおらんかった。
 どのみちうちの船はもうおんぼろだった。

 あの日の地震がなかったら今日はもっと幸せだったはずなのに――なんて、
 そう思える余地は年月が経過するにつれて狭まっていきます。
 今は1年目。これが2年、3年、5年10年と経過するにつれて
 3.11の喪失や転換のインパクトは、相対的に小さくなっていくでしょう。
 たぶん年月の怖さは記憶を風化させることではないのです。
 何となれば当事者の記憶は、他人が心配するほどそう簡単に風化しない。
 それにしても、こうも目まぐるしい世界に生きていると
 あの震災をなかったと仮定しても結局後ろ向きの想像に染まってしまう。
 他の不幸に襲われなかったなんて、断言できなくなる。

 偶発的な不幸に対し年月を積み重ねていくのは、つまりそういうことです。
 何とも、これほど大きな不幸がまるで正当化されてしまうかのようにです。
 
 地震は不遇であり、不運であり、人災部分も含めて究極的に不幸でした。
 百年二百年、千年を経ても絶対値は揺るぎなく変わりません。
 なのに無理矢理正当化するその理由は、悲しみや辛さをそれで紛らすため。
 地震を恨んでも仕方ないと自分を言いくるめて、心に麻酔をかけるため。
 
 だからこの正当化は、誰も責められない。
 欺瞞であるはずなのに真実を言い出せない。
 それが地震のもたらす二次災害、もう一つの痛ましい災害だろうと思います。
 忘れられないほど辛い事件を、一つの出来事にしなければ進めない。

 私は未だに、あの地震がなければ今の周囲はどうだっただろうかと考えます。
 東北から遥か離れた場所ですから、今でもそうやって楽天的なのでしょう。
 私に及んだ被害を語ろうとしても社会的、経済的なことばかりですし、
 まして身の上話など愚痴にしかならず、被災者には鼻で笑われるでしょう。
 
 嘘には優しい嘘もあると思うので、無意味に暴くこともありません。
 しかし節目の日として、ここに少しだけ所感を。
 あの日を境に、日本のほぼすべての人達の周囲で何かが変わったはずです。
 「もしあの地震が無かったなら」という想像を、
 節目の明日は一日だけ解禁してみても良いのではと思います。
 僅か一年、まだ諦念なしでその想像図は心の中に上映されるでしょう。
 私達が個々に失った物が何だったのか、それぞれに明確になるでしょう。
 
 あの不幸の大きさをそれでもう一度噛みしめることが、
 一年という節目を迎えた今、すべての犠牲への追悼になるのではと思います。
 
 
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