スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

【1/31】 集中力。

 今日で1月も終わりだそうです。
 言い換えると、1年の12分の1が今日で終わりを告げたんだそうです。
 さすがせっかちだなあ。
 そんで、今2007年でしたっけ?


 
 こういう雑記でひたすら文章を打つことも多いですが、その間集中しているかと言えばそうでもなく、音楽を聴きながらとか誰かとチャットしながらとか、結構よそ事に精を出しながら書いてることがほとんど。
 雑記書きに集中してることは稀です。
 それでこその雑記。
 
 問題はこの傾向が最近SSにも出てきていること。
 そりゃ最後の仕上げ段階はさすがに集中してるけど、そこに至るまでの執筆で昔ほどの集中力は漲ってません。目下、あとで推敲するのを前提として当座の文章を荒っぽく投げ込むような、言わば相当いい加減な書き方をする。
 人と会話してる時の方が、よほど自分の表現に気を遣ってる気がします。
 脳の回転数が上がってお喋りしてると、同じことを相手に伝えるのにも幾通りもの日本語があると実感でき、そんなことを考えるのは我ながらSS脳だなーとかぼんやり思ってるのですけども。

 ところがSS書くとなると、表現がいい加減になる。

 行為に慣れてきてるのも一因だと思いますけど、主因を考えるとやっぱ集中力の無さなんですよねえ。
 パソコンはなまじっかなんでもできるから、他のことにちらっと手を出したりすると脳の半分がそっちに割かれる。その状態で、綺麗な展開と文章表現を兼ね備えた物語なんて書ける訳がない。
 展開につまったらすぐネットサーフィン、てゆう流れは本当ダメ。
 詰まったら、すぐそれについてジックリ考えないといけない。

 さっき言った「慣れ」。
 慣れるとそんなに頭を使わなくても、SSや文章を書けるようになる。
 そして哀しい哉、頭を使わずに文章を書けるようになるとその分の頭で他のことをやりだすんですよね! 
 ダメよ。
 これじゃダメ。
 物語は本当に頭を使わなければ書けない物。
 頭が文章書きに慣れて他のことを同時に考えられるようになっちゃったってんなら、集中力という要素を明確に意識して、それを自分に課さなければいけない。
 色んなことを考えながら4時間キーボードに向かい合うよりも、1時間根を詰めて執筆に当たった方が絶対、質・量とも恵まれた成果に辿り着けるんだ。
 これは間違いない。

 間違いないんだけど――

 それでも集中できないのが人間の性ですねえ。
 今日もあまり何もせずに終わってしまった……
 とりあえず出品とETCの取り付けは出来たけど、うっかり昼寝をこいてしまったせいで一日の大半を浪費しちゃったよ!
 これだから。



 執筆の好不調を判断する材料として、「二つ以上の要素が同時に見えてるか」という基準がある。
 会話シーンと情景描写とか、Aの動きとBの動きとか。
 得てしてシーンは情景も人物も、様々な要素が絡み合って展開してるもので、そしてそれは文章にも言えること。基礎的な文法の遵守から巧みな比喩表現の捻出、細かいニュアンスを踏まえた語句選びからそれらを包括した全体のテンポやペース配分など。
 「二つ同時」、これがキーワード。
 二つ同時に考えられれば、自分で書いててもつっかえることがない。自然と淀みなく、流麗に、そして幅と厚みのある文章作品が出来上がってゆく。
 一つしか考えられないと、ものすごく断片化するし、面白味がない。上手さを感じられない文章になる。
 そして一つも考えてないと大変。最悪、あとから読み返してみると自分でも何が言いたかったのかよく分からない文章になってることがある。日本語としての帰結からして間違ってたり、最初に言ってたことと最後のシメが食い違ってたり、まあ酷いことになる。
 

 
 集中してないと、SSという枠組みの中で二つ以上の物事なんて考えられません。
 一個しか考えられてないSSは自分で見返しても、奥行きが無くてとても平淡に見える。本にした作品が、あれこれ言われつつも何だかんだで自己水準以上の出来映えを実現してるのは、やっぱ集中力を持ってゲンコーできたことによる賜物。
 よく「創想話に投稿してる作品は手を抜いてるのか?」と言われて「違う」と答えるけども、
 本にしてる作品とまったく等質と言い切れないのは、この辺に差がある。
 究極的に、そのSSに掛けた思考思索の延べ容量が違いすぎるんです。

 自分でもビックリするくらいの作品や文章が、本だと書けていることもある。それは本で、つまりは特殊な舞台だから、普段と違ってテンションも劇場版モードになってます。
 けど、創想話に発表する作品でも、あからさまに思考量をケチった作品なんて出したくはない。
 そのためには、日々からの集中力が必要。

 
 
 集中力って実はタダなんですよねえ。
 頭はそりゃ疲れるかもしれないけど時間を多く取られるようになる訳じゃないし、それによって失うものがあるわけでもない。
 自分で意識してきちっと集中できれば、百利あって一害無しだというのに、つい浮気心満載で一点集中の意識を忘れ、一日が終わる時に後悔だけ残る。
 どうせ「ながら仕事」したって、どっちか片方さえ上手く行きゃしないんですよ。
 同じ4時間を使うなら、1時間集中して3時間ボケーっとした方が良い。
 そういうボケーッなら万々歳なんだから。
 その日一日の達成感も違うしね!

 ついつい惰性で最近は走りすぎてしまったかもしれない。
 ちょっと兜の緒を締め直して行こうと思います。

 ちなみに個人的な、その日の文章の集中度合判別法。
 集中してない日の文章は、

 1・心情描写・情景描写が単品でやたら長々と続いている。
 2・会話シーンが雑談まがいで、ストーリー展開に何ら寄与していない。
 3・代名詞、俗に言う「こそあど言葉」が非常に多い。
 4・「~のような」「~ではないが」「~というような」等の曖昧表現が非常に多い。


 特に3と4は如実に出るね!
 文章をちょっと書いては詰まりちょっと書いては詰まりを繰り返すと、詰まったその前後で整合性をとるために安易に「これ」「そんな」「そういう」などなどと次々使う。
 そして4。これも自分の中では分かりやすい部分。
 単語をきちっと選べるほどに思考が割かれていないから、ニュアンス的に近い単語を選択した時点でそのまま妥協してしまう。もしくはストーリー展開そのものを明確に脳内再生していないために、自分でもそこで一番適切な単語が何かを把握できていない。

 この辺、あとで読み返してみるともう一発で分かります。
 いきなり全消しってのは私はあまりしないんですが、この手の文章が残ってるとそのせいで中途半端にイメージが確定してしまい、あとで直すのも困難を極める。
 


 某氏みたいに一日30KBも40KBも書こうとは思いません。
 一日10KBで良いから、上質さを保った文章を書けるようになりたい。
 SSを書き始めた頃にあって、今に無いものが何かと問えば、集中力なんです。
 あの頃は純粋に楽しんで、そして文章を編み出すことに必死だった――

 今でも「必死」になったら、もっかい何かを光らせることも出来るんじゃないかなあ。
 出来ないと困るんだし、それをもう一度自分で確かめてみたい。
 うむ、二月は改めて、気ぃ引き締め直してゆこう。

 
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

リンク
プロフィール

< リンク等はサイトの方へ!

Author:< リンク等はサイトの方へ!
FC2ブログへようこそ!

FC2カウンター
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

最新記事
検索フォーム
QRコード
QRコード
月別アーカイブ
最新コメント
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。