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【5/27-28】 それはまあ、そうなんですけども。

 あ、昨日は思いきり寝落ちしてました。
 睡眠時間は規則正しく毎日決まった量を服用するのが身のため世のため人のため、ですが、最近ちょっとサーカディアンリズムというんですか、その、崩れがちでして。
 ゴロっと横になったら、きゅうっと。



 さておき。
 物語を物語として描くって何ですか? とか言われたら、多分誰も答えられないんじゃないかと。
 結句、物語はどうあれ物語なんですよ。エッセイじゃなければ物語。
 何かが始まって何かが変遷して何かが結末を結ぶ一連の中で、たとえばご都合主義だとか、キャラの決断がおかしいとか、そんなん全て作者の裁量に任されているものだから文句言われる筋合いは無い。
 もっと拗ねた言い方をすれば、結末から辿れば全ての物語はご都合通りに動いてる訳ですから。
 帰納法と演繹法とでも言うんですかね?
 物語を結末ありきで批評しちゃいけない。

 つまるところ構成や見せ方の問題だというなら、尚更「物語として描けない作家が多い」なんて、適当な言葉を使って表現して欲しくは無いなと。下手だと思うなら下手、ときっぱり言えば良いだけの事。
 物語を物語として描く――なんて、プロの作家でも追い求めなきゃ手に入らない答えじゃないですかね。
 つくしさんも言ってたけど、頭の中に描いてる物語の感動や笑いや昂奮を、何ら考え無しに日本語立て並べて他人に伝えられる人が居たらそれは一種の天才だと思うんですよ。
 構成や表現術は技術論の話であって、物語として描けない作家イコール文章力の無い作家かといったら況んや違うわけで。
 


 作者から言わせて貰うと、起承転結だけから物語を考えてたらとてもつまらんもんです。 
 ちんけなもんでも美意識とかギャグセンスとか感動ポイントとか鬱屈の痛点だとか、作者が心の琴線に触れた何かの感情からその物語を魅力的に想い、作品に書き起こそうとする。
 ただその物語の全ての奥行きを、誰もが簡単に描写できる訳じゃないということ。
 そして、作者の文章が仲立ちとなって物語が読者の物として還元されてゆくときに、読者の中でもう一度物語が、感動が、笑いが、鬱屈が再構成されるということを忘れちゃならんのです。
 思った通りに泣かせたり笑わせたりなんてそうそう出来ません。
 そこから先に文章力を磨くか熱意を磨くかは、人それぞれということで。
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