スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

【5/30】 世界禁煙デー

 ってゆうのだったらしいです。昨日5月29日。
 勤め先でも灰皿が律儀に全撤去され、愛煙家の方々は休憩時間のたび、所在なげにうろつく。

 私は嫌煙家ですが、愛煙家に対する最近の風当たりには同情を禁じ得ません。公共の場など完全にのけ者扱いですし、全社会的に嫌煙家の声ばかりが大きくなってるなーという気はします。
 所構わず吸われるとそれはそれで辛いのですが、煙草の一本も吸わなければやってらんねえ、と思う気持ちは痛いほど分かる。
 誰しもがストレスと闘う、現代社会のソルジャー達よ!

 ……そんな私の気慰みはコーヒーとか。
 煙草やコーヒーに頼っているとなんだか大人になった気分です。
 願わくば単に嗜好品でなく、格好良くそれらを決められるダンディズムを追究してみたいところですね。
 トレンチコートの襟に頬を埋め、懈怠の隙間を縫うように紫の煙を吐き出して
 「――ふう、今日もまたつまらぬ物を」
 とか言えたら最高にシックじゃないですか。ねえ。
 主に私の頭がシック(sick)ですか。ねえ。

 
 
 煙草は煙が出るという点で、他人の迷惑を考慮しなければなりません。その点は考えるにしても、上手に嗜好品を楽しむ人は格好良く見えるもんです。
 煙草やコーヒーを、格好良く嗜んでる人は多い。ただ煙草をくわえていれば・コーヒーの薫りに酔っていれば、そのまま格好良くなれるわけではないのが難しいところです。
 そこで卑屈になってもしょうがない。他人に迷惑を与えないのは当然としても、ドラマなんかで洒脱なバーのカウンターに座り格好良く煙草を吸われたら、何となく納得しちゃいますしね?
 迷惑とか自分勝手とかと印象を与えるような嗜み方、或いはそういう卑屈な意識を持っていたらそれは、必然自分を慰めるのみという域を出ない訳です。趣味も自分を飾る一つのアクセサリーなので、「所詮自分のため」と言ってしまうと内向的すぎる。
 嗜好品は、上手に嗜めば嗜むほど格好良く見えるもの。人を喫煙室に押し込めてみたり、逆に自ら喫煙室に閉じこもってるようでは活路が見えないんだけどなあ――なんて、そんなことも考えてみたりします。
 愛煙家の方々が自ら日陰者意識を呟いていると、なんともやりきれなくなってしまう今日この頃。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

リンク
プロフィール

< リンク等はサイトの方へ!

Author:< リンク等はサイトの方へ!
FC2ブログへようこそ!

FC2カウンター
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

最新記事
検索フォーム
QRコード
QRコード
月別アーカイブ
最新コメント
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。