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【6/9】 知ったことか。

 とは言いつつも結局のところは、私の性格が仇になるだけの話。時に皮肉屋だったり色々と脊髄反射だったりしますが、心のどこかで自分を信じ切れない分は、いかなる場合でも必ず弱気を連れてくる。
 私の周囲に居る人は、年齢や創想話の作品集番号を考えなければほとんどが「先輩」。私より後に創作を始めた、もっと言えば私より後にサブカル文化に触れた人なんてほとんど居ません。
 コンプレックスと言えば、それがコンプレックス。
 
 どっかで「SS書きは漫画書きに対してコンプレックスを抱いているのか?」なんて話が出ました。
 あ、スレじゃないですよ。門板開かないで。

 結果から言うと私は抱いてません。ただそれは前向きな気持ちではなく、小説の文章術をある程度自分の股肱として使える自信がついたからこそ発展的に解消されただけの話。だから現在でも絵を描けることへの憧憬としては残っているし、かといって絵が描けるようになってもSSを辞めようとは思わない。
 今は絵と文が並び立つ物として、絵描きさんには失礼ながら自負しようと私は思っている。
 ただそれを、前向きな論拠で語れると言えばそれは嘘になる。

 私が書評を書いてはいつも後悔する、その理由は最終的に人との棘を立てたくないってのがあるのかもしれません。誰も指摘してくれなければ正しい正しいと思い込んで盲進し、そのどこかでふっと竹篦返しを喰らったときのためにいくつかのコンプレックスを言い訳用として用意している。
 最悪な性格だとは思います。先達からすれば、余裕の無い人間に見えてしかるべきだと思います。
 それを恥じるべきこととは思いつつも、今の時点で自分を変えるには限界があります。そしてそういう自分が誰かの首を傾げさせてしまうことに、私は途轍もなく恐れを抱いている。
 自分がエキスパートなんて思ってないのに、時々背伸びしてエキスパートぶってみて、その果てで思慮の浅さに幻滅する。挙げ句には、コンプレックスめいた言い訳を探して取り繕う。

 ブログなんで問い掛け調に直しておきますが、絵に対して・文章に対してのコンプレックスを論じるとき、貴方は本当に力量差や己の腕前を判断基準に入れないで論じられているか――冷静になって考えてみると、自分が一定以上のレベルにあることを安寧条件としてようやくコンプレックスを否定できている人も、割と居るんじゃないかと思います。
 SSをある程度上手く書けるようになったからこそ、絵に対しても自信を保てる――そういう心はハッキリ「弱い」と称せるものであり、しかし結構普遍的にあるもの。文士が絵を、絵師が文を想う時、どっかで自分の強いところを笠に着て、比べてることってあるんじゃないかと。
 それを無くせれば格好良いですが、誰にしも創想話の点数に縋り付くような自信の無さが必ずある。
 私はそれが、人一倍強い気がしている。


 
 或いは凛然、或いは飄々とした創作者の強さみたいなものを、私自身欲しいと思ってます。風に日和見することのない一本筋の通った思考、或いはそれを悟らせず柳に風と過ごせる強さが、時々文章力以上に欲しいと思ったりします。
 私はまだ、創作の何たるかを自信持って論じられる場所に本当は居ない。
 絵に対しても経歴にしても、どうしても消えないコンプレックスならしょうがない、向き合って付き合ってゆくしかないと思う。
 コンプレックスも突き詰めれば、大好きな文士・絵師さんへの憧れに化けることだってあるんですし。
 私は穂積名堂の四名が好きですし、その他色んな文士さん・絵師さんが好きですし。
 ふっとその理由をひもといてみたときに、憧れとコンプレックスが紙一重ってことはよくあることだと思う。

 ならばどうせなら、誰かを好きと言える在り方で居たいです。
 コンプレックスなんて横文字は、どっかに捨てておけば良い。絵と文の差異の話なんて、それで片づくものだと私は思います。
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