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【1/26】 どうにもこうにも。

 
 例えば文章量を均等に配しても、受け取る時には方やタダ同然に目減りし、方や倍増し以上にして受け取っていきますからねぇ。その辺も踏まえて事前にあれこれ手を打ったのですが、結局は危惧した通りの展開になってしまったのでした。
 何のお話でしょうか? 分かる人にだけ分かるんじゃないでしょうか。
 その辺もあるので、信頼した相手じゃないとやらないっつう話なんですが。
 ままならないもんです。
 こっちの意図以上に、向こうがそういう気で取る訳ですから。
 そんなん向こうの勝手だから後はもう知らん、とか言えたら楽なんですが、自分で言うのも何ですけど私だって鬼になりたい訳はないのです。まさかそれで恨まれることは無いにしても、ある程度真剣に書いた感想と書評を縦に二つ並べて、批評の方だけ参考になっただのよく指摘されるだのとつまびらかに返答されても、とてもとても困るというか。
 いや困りはしないけど、果てしなく残念ではある。
 書評を書く度に、二度と書評なんか書くかっていう気にさせられる。
 
 「自作を批評されたい」っていう考え方が普及しきってるのが、そもそもおかしい。おかしすぎる。
 いや人の考え方においておかしいも何もあったもんじゃないんだけど、それにしても……。
 同人誌ですよ?
 同人誌ですよ?
 何せその本の「素敵!」なところと「あと一歩」っていうところを書き並べた時に、書評ばっかり見られて「参考になりました」と言われてもこちらにはもどかしさしか残らない。小説の作者が物語で描こうとしたキーファクターの要素には敏感に気づく割に、こんなときだけ書いた人間の「一番読ませたい部分」に愚鈍になるのは何故なのか。

 「色々手を打った」の中に含まれてますが、私は書評ばっかりしたくてしてる訳じゃない。それは本に真剣に向き合った印。これはエゴになりますが私の場合、感想パートは書評パートの二倍くらい、どうすれば自分の想い、その作品から受けた感情を伝えられるかきちんと考えて推敲して丁寧に書いている。 
 本音をひとつ漏らすと、あの後の周囲のTLには個人的に何だ、もにょらざるを得なかったです。
 余計なことを書きすぎた私が悪いのかもしれませんが、一抹以上の寂しさを覚えるのでした。
 私は書評の前に、感想を書いた筈だったのですが。
 
 批評が欲しいっていう考えはすごく理解出来ますし、私だって欲しいですけども、何かしらをやっぱり妨げてしまうものなのか。今回もそう。書評を書くってのはすごく勇気が要ること。果ては首を傾げるだけに終わることもあるし、書いた側の方が後悔や悔しさに変わることもあるのです。
 創想話も含めて沢山書評がありますが、書評を書いた人からすれば本音はたったひとつ――善も悪も、書いた言葉はすべて均等に受け取って欲しいと真摯に、ひた向きに願ってるものです。
 
 
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