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【4/23】 魔法少女まどか☆マギカ 余談。

 
 今日の感想はちょっとネタバレを含む感想なので注意。 
 11話12話未視聴の方はお戻りを。

 名作だったのは間違いなくて、重箱の隅に残った消化不良感を
 こうしてわざわざ表に出すべきかはわかりませんが。







 この作品で、「希望を得るための絶望」というのは物語のテーマであって、
 決して魔法力を得る過程におけるシステマティックな機構として
 組み込まれてたわけではない、と思ってました。
 要諦で書くと女の子が抱く、甘いお菓子みたいな願い事のしっぺ返しを
 魔法という実体のない力に託してつづられていたように私は思っていた。
 もっとぶっちゃけて、「希望をかなえた分だけ絶望を得る」ってのは
 「必定」として語られたのであって、「ルール」じゃなかったはず。
 
 その二つは、似てるようで違うと思うんですがどうでしょう。
 鹿目まどかが最後に自らの願いを叶え、そして絶望を得たとき、
 すごく「ルール的」に感じられたのがちょっとだけ残念だった。
 今日の日記で触れたいのは、その部分。
 
 これじゃまどかさんが救われないな……と思ってしまった一番の理由は、
 魔法少女になった彼女の消滅があまりにも「システム」としてのみ語られ、
 ただ当然のものとしてあの結末に導かれた気がしたからです。
 鹿目まどかには、自分の運命に対する抵抗や、
 世界の気まぐれに期待する余地がまったく与えられなかった。
 
 「必定」と「ルール」の違いは、そこだと思います。
 同じ変えられないものでも、前者は必死であがいて飲み込まれていくもの。
 
 角度を変えて言うと、まどかさんもあまりに賢者モードだった。
 これは形を変えたご都合主義のようです。
 本作で唯一、ちょっとだけ「雑だ」と感じた部分でした。

 キュゥべえと契約して魔法少女になった者にはこういうルールが与えられる、
 ただそれだけで例えばさやかさんやマミさん達の運命が運ばれていたら、
 まどかマギカという作品を私は最終話まで追いかけていませんでした。
 それだと映画の「バトルロワイヤル」と同じになってしまう。
 バトロワが嫌いなのではなく、この作品とバトロワは違うというのが考え。
 魔法少女という存在に託されてつづられた、「希望と絶望の相転移」にこそ、
 そのドラマチック性にこそ、私は胸を打たれて追いかけ続けたのです。
 
 だからまどかさんが、なんとなく事務的にああいう結末へ流されたことで
 個人的にどこかしら、腑に落ち損ねる部分があった。
 最終話の30分間で、入れるエピソードも限られていたんだと思いますが、
 抗ってももがいても運命の奔流に飲み込まれて最後は「必定」へ漂着する、
 それが魔法少女まどか☆マギカの肝だと思っていた。
 だからあの辺をさらっと流して、終わらせてほしくはなかったのでした。
 

 
 ……というわけでまどかマギカ最終話の感想 蛇足でした。
 あふれるほどの感動に一抹だけ残った口惜しさは、その辺から来てます。
 切なすぎる物語で、まどかさんの運命に敏感になってしまったのかも。

 逆に言えば、そういう理不尽なところに無意識に救いを求めてしまうほど、
 この作品で描かれた「必定」は重いものでした。
 だからあそこをきっちり書き込んで、つまりもっと残酷な展開だったなら、
 本気で1週間くらい私のテンションは立ち直れなかったかもしれません。

 不満点として書き綴っておきながら、それを想像するとちょっと恐ろしい。
 改めて思うに、いつまでも記憶に残るであろう作品です。
 
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